第11話 いつかもう一度
「ああ……美味かった……」
牡鹿からドロップした2キロくらいありそうな肉塊を完食した俺は、恍惚とした表情で固まっていた。
牡鹿の肉は、一言で言えば最高だった。
生で食べたのに、まるで大トロのように口の中で溶け、くどくも臭くもない旨味が口いっぱいに広がる。
飢餓寸前だったことを抜きにしても、今まで食べたことがない強烈な旨味だった。
「生でこれなんだから、ちゃんと調理したら一体どうなってしまうんだろか……」
もはや味の想像もつかないが、美味いことだけは確定している。
「さて。腹も膨れた事だし……やるか!」
俺は元気いっぱいで立ち上がり、ステータスを開く。
――――――――――
【名前】古瀬伴治
Lv:82(75→82)
HP : 1370(+120)
MP : 560(+50)
力 :147(+37)
守り :117(+17)
敏捷 :157(+17)
器用さ :97(+17)
知性 :93(+17)
運 :105(+17)
【スキル】
・神滅の黒風奏(仮)Lv1……神滅スキルの成り損ない。瘴気を変換した黒き風は触れることで万物全てを浄滅する。(使用者を除く)。効果範囲は使用者から半径1cm
・暗視の魔眼……暗闇でも普段と変わらない視界を得ることが出来、周囲の生体反応を看破する力を持つ。
ボーナスポイント: 24
――――――――――
「え、やば」
その結果、俺は言葉を失った。
特徴的なのはやはり、あの牡鹿を倒した黒い風だろう。
正式名称は《神滅の黒風奏》。
触れたもの全てを浄滅するとか……とんでもないスキルだ。
効果範囲が狭すぎるのだけが欠点だが、防御にも使えるのでその欠点も補える。
それにスキル名をタップしてみると、
『神滅の黒風奏をLv2に上げますか?(必要ボーナスポイント50)』という文言が浮かび上がった。
表記からまさかとは思ったが、レベルアップするスキルらしい。
そんな例は聞いたことがない。まさに前代未聞のスキルだ。
「というか、これは覚醒なのか……? それにしてはスキルの効果が変わり過ぎてる気がするけど」
見れば、長年俺を苦しめて来た風スキルがステータスから消えていた。
使ってみようとしても、突風どころかそよ風も起こらない。
通常、スキルの覚醒とは元のスキルを強化する形で行われる。
確かに稀にとんでもない進化をする例がないわけじゃないが、元々あったスキルを使えなくなるという例はなかったはずだ。
「まあ無くなって困るかと言われれば微妙なところだけどさ……」
ここに落ちてからは助けられることもあったが、それでもやはりせいせいしたという気持ちの方が大きい。
そしてもう一つ、とんでもないのが《暗視の魔眼》。
「大した効果じゃない……どころか普通に獲得したなら俺の風スキルよりも弱いかもしれないが……一人の人間が二つもスキルを持つなんて話、あり得るのか……?」
モンスターの中には複数のスキルを持つ個体もいる。
だが、人が持つことが出来るスキルは一人一つ。
これは世界共通の常識だ。
「なんかステータスもちょっと上がってるし。考えられるのは牡鹿の討伐自体のボーナスか、肉を食ったからか……クソ、かぶりつく前にステータス見とくんだった!」
食べるだけでステータスが上がる食材、なんて物が見つかったら世紀の大発見だ。
オークションに出せばエリクサー以上のとんでもない値段が付く可能性もある。
なんかもはや俺自身が歩く国家機密みたいな存在になってしまった気がして怖くなってきた。
「まあ鑑定持ちに居合わすか測定器に無理やりかけられでもしない限り他人のステータスは見えないし……黙ってれば何とかなるでしょ。多分」
そんな希望的観測を口にしつつ、俺は再び歩き出す。
目的地は一つ。
この黒灰の降るフィールドの中心で天高くそびえたつ、あの巨大な白い塔。
地上に繋がっているとすればあそこしかない。
俺は念のために一度森に戻ってエリクサーを補充して塔を目指した。
塔までの道のりはかなり楽なものだった。
というかこの場所、極端にモンスターが少ない。
いるにはいるが、《暗視の魔眼》の生体反応看破のおかげで全て遭遇前に回避することが出来た。
《神滅の黒風奏》のおかげか、黒灰の影響を受けなくなっていたのも大きい。
「でけぇ……なんだこれ」
塔の入り口に着くと、ぽっかり開いた大口が俺を出迎えた。
中は異常に広い石造りの空洞で、壁には紫色の松明が燃えている。
そして両脇にはびくともしなさそうな5メートルはある巨大な石扉が二枚。
その中心にポツンと、ぼんやりとした光を放つ石碑が置かれていた。
石碑には短く、
『〈狂王〉の証を捧げよ』
と刻まれており、中心部分には小さなくぼみがある。
ちょうど最近見たような大きさだ。
「……てかこれじゃね?」
俺は懐からあの牡鹿がドロップした宝石を取り出し、恐る恐る石碑に嵌めてみる。
するとぴたりと一致し、カチリという音と共に両脇の石扉がズゴゴゴゴと開いた。
「あいつ、いわゆるフィールドボス的な奴だったのか」
まあ異常に強かったし、ボスと言われても不思議はない。
開いた扉の中にはそれぞれ下に行く階段と上に行く螺旋階段があった。
「……もしかしてこれあれか? あの牡鹿を倒すまで出られない系のギミックだったのか? とんでもないなおい」
先に進めないならまだしも、戻る事も許さないというのは意地が悪いにもほどがある。
通常のダンジョンというのは既成のギミックがランダムに配置されている感じが強いが、黒灰といい蝙蝠といい、なんだかここは製作者の悪意のようなものを強く感じる気がする。
「下か上か……いやまあ100%上行くべきなのは分かってるんだ。分かってるんだけれどもなぁ……」
ダメだと分かりつつ、好奇心から俺は下に続く階段を少し覗き込んでみる。
すると、びゅおぉおおおと、生暖かい風が吹き込んできた。
——まるで、おいでおいでと俺を招いているみたいに。
「うん、やっぱり止めよう。今行ったら絶対死ぬ気がする」
俺は即座に踵を返した。
確かに力は手に入れた。
だが、俺はまだそこまで自分を過信出来ない。
名前の事も、スキルの事も、大きな原因だとは思う。
だがそれと同じくらいに、自分に自信が持てなかったという事もいじめられていた原因なのだろうと、強くなった今はそう思うから。
けれど、それでも……
「——いつか。いつかこの力を完全に掌握したら。その時はもう一度、ここに戻って来よう」
――もっともっと強くなって、自分に自信が持てるようになったら。
その時こそ、この下に挑もう。
俺は密かにそう決意し、上へと続く階段を登り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます