All in the name of love ⑤


「えぇー、ど~れ~?」好奇心にかりたてられたお姉さんが。ついにこっちへ来た。


どうしよう、ぼくの心臓が緊張してドキドキしてきちゃったよ。

ぼくは今日、死ぬのかな。


「これ!」妹がぼくを指差した。だから、物扱ものあつかいするなよ。


「あ! ほんとうだ! 子供がいる!」お姉さんが目をまるくしてる。……お姉さん、髪の毛長いなあ~。腰まであるぞ。


「え! お姉ちゃんにも見えた!」


「うん、見えるよ。この子、生きてるんじゃないの? ちゃんとした人間だよ。なんだ紫穂、おどかさないでよお~。──で、この子だれ?」


「知らないよ! あの泣き虫に聞かないと。……ぶんなぐったら、口をわるかな?」


「やめなさいよ、あんたはホントに、もう……」


 姉妹が物騒ぶっそうな話しをしだした。

妹は本気で兄さんをぶんまぐる気なのか。こんなにほそっこい体で? 冗談だろ?


 兄さんが鼻をぐずらせながらこっちへきた。


「その子も、ここの家の子だよ」兄さんはすごくイヤそうに云った。認めたくもないように。


 ここの家の子って……。兄さんはぼくを〝この子は弟だよ〟って、紹介もしてくれないのか。


 妹も、ぼくと兄さんを見比べて困惑こんわくしている。


「ここの家の子って……どうゆうことなの? あんたとこの子、血がつながってないの? それなのに、いっしょにんでるの?」


「血は、繋がってるよ」吐き捨てるように云われて、ぼくはまわれ右で逃げ出した。


これ以上、ぼくを傷つけないでくれ。──頼むから。


「あ、逃げた!」妹がまた叫んだ。でも、二階まで追ってこようっていう気にはならなかったらしい。また兄さんを質問めにしている。「血がつながっているんなら、兄弟ってこと? ……家族ってこと?」


「そうだよ」兄さんはうんざりした口調で渋々しぶしぶ認めた。「あんなのなんかほっといて、さっきのお菓子食べようよ」


「……ねぇ、それって、あんたが食べたいだけなんじゃないの?」妹はすべてを見抜いた感じにズバリ云った。

そして当然とばかりに声をはりあげた。まるで、二階にきたぼくにも会話が聞こえるように、だ。


そんなわざわざ声のボリュームをあげなくても、きみの声はよくとおるから、ぼくの耳には届くっていうのに。


「そんなにどら焼きが食べたいんなら、あんた一人で食べてきちゃえばいいじゃん。わたしたち、ここでまってるよ。


一人で食べるのがさびしくて、わたしたちにいっしょに食べてって云うんなら、兄弟のあの弟くんにも声をかけるべきでしょう? どうしてひとりだけ〝のけもの〟にしようとするの? みんなで食べたほうが楽しいのに!」


「いいんだよ、あいつは! ……体が弱くて、まともに食べ物が食べられないんだから」


「は? 体が弱いの?」


「そうだよ、見ただろう? あの見るからに虚弱体質きょじゃくたいしつそうなヤツを」


「あんた、なに云ってるの?」妹は兄さんのおつむうたがうように云った。「体が弱いんなら、なおさら栄養のあるまともな食べ物を食べさせてあげないとダメでしょ!」


「だから、食べたくても食べられないんだよっ!」


兄さんの怒鳴り声をあびて妹は口をつぐんだ。


さっきまでとはうって変わった、静かな沈黙の空気が家のなかを流れている。

声や物音がぜんぜん聞えてこない。


 だけどほどなくして、兄さんとお姉さんの楽しげなおしゃべりは再開した。

どら焼きがおいしいとか、なんとか。


 妹はどうしたんだろう。

兄さんに一喝いっかつされて、元気が意気消沈いきしょうちんしたのか? 


おとなしくお姉さんのかたわらに座って、お茶を飲んでいるのかな?


 ぼくはベッドのなかで、まるまって考え込んだ。……これからのぼくについて。


 ぼくは、ここにいてホントにいいのだろうか? ぼくはここの家族の一員だといえるのだろうか? ──ぼくが生きていて、なんの意味がある? ……ぼくなんか、いなくなっちゃえばいいんだ……。


「ねえ!」すぐ近くから妹の大きな声がして、ぼくは体ごとねあがった。心臓も跳ねあがってる。──くっ、苦しい……!


「そこが子供部屋なの? はいってもいい?

 ……? ねえ、ちょっと聞いてる? ベッドのなかでモゾモゾしちゃって、そこにいるのバレてるんだからね!」


悪びれも無く云っているけど、今度ばかしは悪いんじゃないか、妹。

胸が、心臓が……痛くて苦しくて、息ができないよ……!


「なんとか云いなさいよ。あんたさっきしゃべったじゃない。──しゃべれるんでしょう? ……だまったまんまじゃわからないよ。ねぇ? ……なんにも云わないんなら、こっちからそっちにのりこんじゃうからね! …──バァーッ!」


 妹がぼくの布団をはぎとった。ぼくは苦しくて目も開けられない。胸をおさえて、うめき声を出さないように奥歯をくいしばるので精一杯だ。


「……あんた、くるしいの?」


見ればわかるだろう! と云いたかったけど、云えない。……今は。


「ホントに体が弱いんだ。……どこが悪いの?」


妹は、ぼくのまるまった背中をさすった。それから、髪の毛も。



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