You're so close yet so far away ①


 辻井と電話をして、その日の夕方のうちにメッセージを送った。


ちゃんとメッセージのやりとりができるのか──端末の設定で、メッセージ拒否をしている人がたまにいるから──確認したかったのと、


さっきの電話を忘れられたり、あとまわしにされたくなかったから。……わたしは、ほんとにどこまでも勝手だ。


〈さっきは…どうも?(なんか、堅苦かたぐるしくすのにも違和感あるね)

突然、色々とゴメンね。鳥海先輩のお墓の場所がわかったら、教えてください。〉


 わたしはフーとため息をついて、暗くなりはじめた窓の外を見た。

そろそろ夕飯の準備にとりかからないと。


わたしが一人で落ち込んでいても──どうしょもなく生きる気力を失っていても──日常はくるくるとまわっていて、時計の針みたいに正確に、わたしの周りにまとわりついてくる。


 そのやぼったい存在が、いまのわたしの助けになっているのか、それとも過労を重ねていくだけのものになっているのかは、いまのわたしにはわからない。


 わからない理由ははっきりしてる。

それは、わたしの思考──魂の集合体とも云えるかもしれない──が遠くのほうへ行ってしまっていて、そのすべてがこちらの体に戻りきれていないから。だからまともな考えや判断ができない。


 戻っていないわたしの思考の大半たいはんは今、鳥海先輩を探して、鳥海先輩を求めて、ふわりふわりとどこかへ浸透しんとうしている。それを感じる。


 その浸透している先が〝死〟の世界のような気もするけど、でもわたしはそれでべつにかまわない。


〝死〟に近づくのはいまでも怖い。怖いけど、でも、なぜだろう。

日に日に鳥海先輩を多く、強く感じられるようになってる。

あなたの存在を近くに感じる。

あなたがだんだんと近くに来ているような気がする。……いまのわたしには、それがとっても幸せなの。


 あなたを感じるのが、とっても──とてつもなく幸せ。

あたたかで穏やかな気持ちになる。

この世に残す未練なんてどうでもよく思えて──忘れてしまうくらい、満ち足りた気持ちになる。


わたしを幸せな光り──鳥海先輩──が包んでくれるから、自分が〝死〟に近づいているとしても、それほどの恐怖は感じにくくなってる。


あなたといっしょなら、わたしはなにも怖くない。


 わたしは重く感じる体をうんざりした気分で動かして、日常を機械的におくることにした。


 台所に立つと、お皿とかの食器の洗い物が陰鬱いんうつな雰囲気がシンクからかもし出て待ち受けていた。

昨日から気力がなくて手つかずのままにしていたから、しかたないわね。わたしは観念して、まず洗い物からすることにした。料理をするのはそのあとだ。


 洗い物をして、サラダにする野菜をボールにはった水にさらして、冷やすためにボールごと冷蔵庫に入れたところで、スマホがポーンと鳴った。


メッセージだ。しかもぜったいに辻井から。さっきメッセージを送ったばかりだもの。その返信に違いないはず。


 まな板のわきに控えさせていたスマホをすくいとって、通知のお知らせを見る。

やっぱり辻井からだ。

よかった、辻井がメッセージの拒否設定をしていなくて。これで確実にメッセージのやりとりができる。


 わたしはすぐに通知をタップしてメッセージを開いた。


≪鳥海先輩の方は今調べてもらってるよ。相兄(そうにい)も連絡とってるよ!≫


 ──え! 辻井は、さっきの八千代って人に、もう連絡したの? すっごい、早い。そして、嬉しい。


わたしの真剣さをくんでくれたのか、辻井の優しさなのか、それとも辻井も鳥海先輩のお墓参りに行きたくなったのか……たぶん、ぜんぶね。ぜんぶが合わさって、辻井が動く原動力になってる。


 わたしはメッセージの返信を打った。


〈すっごく速いっ! スピーディー! ありがとうーっ! 本当にありがとう!〉


 辻井からの返信が気になるけど、だからっていますぐに話しの結果が返ってくるはずもない。


でも、もう少しで鳥海先輩のお墓の場所がわかる。──直感がそう告げてくる。


 そう思うと落ちつかずにはいられないけど、助かることに、わたしにはこなさなくちゃいけない日課の日常がある。


わたしはさっきまで憂鬱ゆううつに感じていた家事を喜々ききとしてこなした。


 お夕飯の用意も終わって、お風呂掃除もこなした。これであとは、怪獣ちゃんのお迎えに行くだけ。


 わたしは子供をあずけている〝放課後学童サービス〟へ、怪獣ちゃんをお迎えに行った。……わたしと入れ違いで、旦那がなにくわぬ顔で、家に帰ってきた。


〝これまで別居なんて、していませんでした〟って云う感じで。いつもどうりの顔をぶらさげて、反省をしたようすもなく、にこやかに声をかけてきた。


「ただいま」


 わたしは無言で無視し、小学校へお迎えに行った。


 旦那は、副業でバイトもしてる。だから夕方、家に居る時間はせいぜい三十分くらい。わたしが用意した夕飯を頬張ほおばって食べたら、また「いってきます」


 子供がまとわりつくと、

「時間が無いから」

「遅刻しちゃうから」と、迷惑そうに子供をはらいのける。

愛着や愛情をもらえない、寂しい思いをする子供はギャン泣き。その怪獣ちゃんを、わたしが「さびしいよね……、よしよし」と一時間から二時間くらいかけてなだめる。ここまでがいつものおまりルーティン。


 ほんとに旦那は、なにをしに夕方帰ってくるんだろう? 夕飯ならコンビニですませてよ。ほんと迷惑。


 の夕飯を食べ終えて、いっしょにお風呂に入って、歯磨きもして、あとは寝るだけになったころ、


スマホがお知らせの音をあげた。


 わたしは例のごとく素早く反応してスマホを手に取り、通知をタップした。


≪お疲れ様! 相兄(そうにい)全然覚えてないらしいよ≫ 


 苦笑にがわらいの顔の絵文字つきメッセージだ。


 可愛くしてるけど、それでわたしの受けるショックがやわらぐわけがなく、脱力してずるずると床に寝そべった。


 相馬なら覚えているかもしれないって、あてにしていたのに。なにか進展があると望んでいたのに。……相馬、覚えていなかったんだ。


 だけどわたしの脳のアンダーグラウンドでは、こんな意見が大声をあげている。


〝ウソね! 覚えてないわけないじゃない!

なにか口裏合わせをしているのよ。

わたしに知られたくないことがあるの。

だから、覚えてないの一言でそれからのがれようとしているのよ。

──でもだからって、深追いはするべきじゃない。

いまはまだ、その時ではない。──大丈夫。ジッと待っていなさい。

必ずその時がくるから……〟


わたしはこの声にしたがうことにした。


〈えっ! でも、相馬に聞いてくれたのね。ありがとう、辻井〉


 メッセージを送信して、辻井からの返信を三十分ほど待った。でもスマホは鳴らない。


追加で、もう三十分待った。それでもスマホからの音沙汰がない。



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