第32話 KIRATIA
夏休みも半分が過ぎた。
今日の午後は姫乃と待ち合わをせして、イベントホールに向かっている。
姫乃も参加していたオーディションで合格した11人で結成された新ユニット『KIRATIA』の、公開イベントがあるのだ。
唄のデビューはまだ先で、トークショー中心みたいだが、オーディション後に初めて全員が集まるイベントとあって、注目を集めている。
そのチケットはかなりのレアものらしいけど、メンバーの一人である設楽さんから姫乃がもらっていて、そのお供にくっついている。
イベント会場の周囲には、手作りの団扇やネームボードを持った大勢のファンがいて、会場をぐるりと取り囲んでいる。。
カメラやスマホを携えて、出入りのチャンスを狙っている人達もいる。
「うわ、すっごい人」
「やっぱり、注目度が抜群なんだな」
「そうね。えっと、こっから入るのかな?」
正面の入り口に向かい、姫乃がチケットを取り出すと、近くにいたファンから悲鳴のような歓声が上がった。
恐らく、チケットが手に入らなかった人達だろう。
何百人かが入りそうなホールで、指定された席につく。
前から三列目、かなりいい席だろう。
目の前の舞台には、メンバー分よりも多い数の椅子が置かれていて、ホールの真ん中や舞台の袖の部分に、撮影用と思われるカメラも設置されている。
「結構大きなイベントみたいだね」
「そうね。SNSとかでも宣伝されてたし、ネットで生中継もされるみたいね」
「なんか緊張してくるなあ」
「なんで、見てるだけのあなたが、緊張するのよ?」
「いや、俺こんなイベント、初めてだからさ」
「それ……あ、ちょっと待って」
姫乃が急にスマホを取り出して、
「陣、ちょっとごめん、話してくるね」
そう言って、軽やかな足取りで、ホールの後ろの出入り口から出て行った。
周りを見渡すと、色鮮やかなグッズを手にしたファンがぞくぞくと入ってきていて、楽し気に会話している。
きっとみんな誰かの推しで、今日を楽しみにしてたのだろう。
今日の舞台上には、残念ながら俺の推しはいない。
けれども、今日は直ぐ真横の席に姫乃が座ってくれている。
多分、ここにいる誰よりも、幸せ者なんじゃないかと思う。
姫乃的には、観客席ではなくて、一段高い向こう側に座りたかったのだろうけど。
その姫乃が席まで戻ってきて、
「あのね、このイベントの後、友達が会いたいって言ってるんだけど」
「ああ、いいよ。俺先に帰ってるから」
「……こっちも友達と一緒だって言ったら、一緒にどうかって言われてんだけど?」
「それは別にいいけど、相手は誰?」
姫乃は唇を俺の耳に近づけて、他には聞こえないほどの小声で囁いた。
「この前会った京香と、片野坂夢菜、KIRATIAのメンバーよ」
「えっ、何でまた!?」
「今日私達が来るってのは京香が知ってるから、それが夢菜にも伝わったみたいね」
「それ、俺がいてもいいの?」
「まあ、向こうもいいって言ってるし、いいんじゃない?」
どうやらこの後、KIRATIAのメンバーと一緒に、どこかへ行くことになりそうだ。
イベントの開始時間になると、満員の会場の照明が落ちて、舞台にライトが煌々と当てられた。
司会の男女が先に出てきて注意事項とかをアナウンスしてから、軽やかな音楽が鳴り響いて、KIRATIAのメンバーが現れた。
と同時に、会場から大声援が巻き上がる。
メンバーが一人ずつ自己紹介をして、それからトークショーが始まって、オーディション中の思い出や、普段やっていること、これからの目標とかが、司会の巧みな話術とともに語られていく。
「じゃあ次は、歌姫と呼ばれている設楽京香さん。これからの抱負なんかをお願いします」
「はい。KIRATIAに入れて、とっても嬉しいです。私は歌が好きですので、たくさんのみなさんに聴いて頂けるように……」
舞台上のみんなはキラキラと輝いていて、自分のことや将来への思いを、気持ちを込めて語っていた。
姫乃の方に視線を向けると、目を輝かせながら、華やかな舞台に見入っていた。
トークショーが終ると、他のグループのカバー曲が何曲か披露されて、歌と踊りのパフォーマンスに、会場全体が酔いしれた。
「やっぱ、麗ちゃんは良かったなあ」
「俺はやっぱり、美園ちゃんを推していくよ」
「どうしよう、一人に決められなくなったよお!」
イベント終了後、口々にそんなことを喋りながら、ファンは会場を後にしていった。
「えっと、こっからちょっと離れたとこで、待ち合わせなのよ。夕ご飯食べながら話そうって」
「そっか。近くだと、人がすごいもんね」
そこから電車をいくつか乗り継いで、約束のレストランに向かった。
そこは路地裏の隠れ家的な店で、予約制のためか、それほどゲストは多くない。
黒っぽい正装の店員さんに、姫乃から設楽さんの名前を告げると、奥まった目立たない席へと案内された。
「なんか、静かな店だね?」
「多分、京香の御用達ね。人が多いと、細かい話ができないし」
「そういえば、設楽さんって、歌姫って呼ばれてんの?」
「みたいね。オーディションの時から歌が上手だったから、ファンの間で広まったみたい」
歌の上手さだったら姫乃も相当なものだと思うが、それよりも上をいくのが、NO3合格者の実力といったところだろうか。
姫乃はスマホに目をやって、
「打ち合わせが終ったらしいから、今から来るって」
それから少しの間姫乃と雑談をしていると、店員さんに先導されて二人の女の子がやってきた。
「お待たせ、姫乃」
「やっほー!」
「二人とも、お疲れ様」
一人はこの前にも会った設楽さん、もう一人は初対面で、多分こっちが片野坂夢菜さんだろう。
「畑中、陣君だっけ? また会ったね」
「うん。どうも」
「畑中陣君ね? 初めまして、片野坂夢菜ですう!」
「初めまして、畑中です……」
片野坂さんは、どことなく雰囲気が純菜に似ている。
茶色っぽくて長い髪型は異なるけど、くりっとした目の感じや喋り方などは、彼女を彷彿とさせる。
体形は、彼女とは少し違って、胸もとがもっと立派で大人っぽい。
「畑中君、今日イベント来てくれたんだね? ありがとう!」
「どういたしまして、設楽さんと姫乃のお陰だよ。でないとあんなイベント、なかなか入れないよね」
「……ねえ、もしかして、姫乃の彼氏?」
「ちょ……いきなり何をいうのよ、夢菜!」
「はは、ごめんね。でも、気になっちゃうじゃん?」
「俺は姫乃推しの男子で、今日は連れて来てもらっただけなんだよ」
「そっか。でもいいなあ、そういうの!」
「まあまあ、話は後にして、何か頼まない?」
「あ、そうね。そうしよか!?」
設楽さんに片野坂さん、それに姫乃がメニューを見ながらわいがやをして、何やら店員さんにオーダーした。
「畑中君は、自分の好きな物ないの?」
「あ、俺何でも食べられるから、心配無用だし」
「そっか。ねえ、今日のイベント、どうだったあ?」
こうやって表情をコロコロ変えながら話し掛けてくるところも、純菜そっくりだ。
普通、芸能デビューを控えた美少女達を前にすると緊張してしまいそうだが、設楽さんとは一度喋っているし、片野坂さんは件の理由で親近感もあって、さほど緊張しない。
普段姫乃と喋っているお陰もあるのかもしれない。
「良かったと思うよ。みんな綺麗だし話も面白いし。パフォーマンスも最高だったよ」
「良かったあ! あの曲、結構ばたばたで練習したんだよね?」
「そうね。三日ほど振付師さんと一緒に缶詰だったよね」
「へえー、結構大変なのね」
「そうなのよお。新しい振付師さん厳しい人で、めっちゃ怒られたもんねえ」
そんな裏事情が聞けるのも、こういう場にいられてこそなのだろう。
「そういえば、そういう夢菜は、彼氏とどうなのよ?」
「そうそう、その話、この前も姫乃と喋ってたのよ」
その話をされると、片野坂さんの表情が俄かに曇った。
「うん、一応、しばらくは会わないようにしようって言ったんだけどさ。なかなか分かってくれなくて」
「……そうなの?」
「うん。元々彼は、オーディションには反対だったんだ。でもどうしてもって説得して分かってもらってたのよ。だから、納得ができないみたい」
「そっか……」
「それに私、ぎりぎり11位で合格だったじゃん? だから、それは俺のお陰だろ、とか言い出しちゃって。彼、小さい会社だけどそこの御曹司で、従業員の人に、私に投票しろって言い続けてくれてたみたいなのよ。ごめんね、姫乃には申し訳ない話かもしれないけど」
「……いえ、いいよ私は、別に……」
片野坂さんが11位で、その次の姫乃との差は五百票ほどだったということか。
ということは、その差がその御曹司のお陰だというのは、あながち嘘とも言い切れないのかも分からない。
もし俺がもっと早くから姫乃を応援できていて、知り合いとかに同じようなお願いができていたら、結果はまた違っていたのだろうか。
そんな風に思うと、姫乃に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「でも困ったわね、それは。時間をかけて分かってもらうしかないのかもしれないけど」
「そうなんだけどね~。最近あんまりメッセージとかも返せてないし、気が付いたら何十件か溜まってたりしてね」
「え…… それって、ちょっとやばくない?」
「……うん。正直、ちょっと怖いかも。感謝はしてるんだけどさ」
そう言いながら、片野坂さんはしゅんと俯いた。
「お待たせしました。季節の野菜の冷製パスタと、森の狩人風ミートグラタン、チキンのグリル香草添えでございます」
「あ、お料理きたよ。食べよ?」
「そうね、暗い話してても、つまんないしね。美味しそう!」
それからテーブルの上に趣向を凝らした料理が並べられて、女子会+1は大いに盛り上がっていった。
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