第29話 浴衣とかき氷
夏休み中、俺は週三回ほどバイトがあって、それが無い日には姫乃と過ごすことが多くなった。
あれから姫乃はちょくちょくうちの家を訪れるようになって、一緒に宿題をしたり、アニメの観賞会に浸ったり、夕ご飯を共同で作ったりで、穏やかに過ごしている。
特に昼間は、俺も彼女も家で一人でいることが多いので、お互いに気が紛れる。
二人きりで家の中にいると、正直に言うとたまに変なことも意識してしまう。
それはそうだろう、彼女は全国規模のオーディションで第12位まで食い込んだ逸材なのだ。
そんな子がすぐ傍にいて、何も感じない男子はいないだろう。
でも俺は彼女を推して応援する立場だし、そんな時は理性を総動員して鉄の意志で、自分の中のやんちゃな部分を抑え込む。
そんなわけで今日も俺の家で一緒にいると、純菜や葵と一緒のグループチャットに連絡があった。
『(真壁)やっほー、みんな明日のお祭り、大丈夫だよね?』
『(戸野倉)問題ない』
「ねえ陣、明日ってバイトじゃなかったっけ? 大丈夫?」
俺が座るソファのすぐ横で、姫乃が心配げに訊いてくる。
「明日は、前から休むって言ってるから、大丈夫だよ」
「じゃあ、二人とも大丈夫って、返しとくわね?」
「うん、よろしく」
『(一条)私と陣も、大丈夫だよ』
『(真壁)楽しみだね。ところで、姫乃と陣って、一緒にいるの?』
「あれ、ばれちゃった? 何て返そうか?」
「まあ、正直に『うん』って返したらいいんじゃない?」
「分かった。う、ん、……はい、送信」
『(真壁)えー、なにしてんの?』
『(一条)一緒に勉強してたの』
『(真壁)いいなあ、それ。私も教えて欲しいなあ』
夏休みの宿題のことでは、きっと純菜のほうも、四苦八苦していることだろう。
俺の方は姫乃がいてくれるお陰で、順調な消化具合だ。
明日は地元の夏祭りがあって、夜は花火も打ち上げられる。
それなりに規模も大きくて、毎年たくさんの人が集まって、大いに盛り上がる。
中学時代、サッカー仲間と一緒に練習帰りに立ち寄ったことが思い出されたが、女の子と一緒に行ったことはないので、日が近づくにつれて楽しみになってきた。
けれど、俺としては一つ、気がかりなことがあった。
実はこのお祭りには、麗華からもお誘いを受けていたのだ。
詳しくは伝えず先約があるからといって断ったのだけれど、なにか申し訳なさもあったりして。
とはいえ、明日が楽しみなのは間違いがなく。
「せっかくだから、浴衣でも着ようかなあ」
「いいね。それ林間学校の浴衣よりも、きっと綺麗だよね?」
「……もう、そのことは言わないでよ、陣!」
「あはは、ごめん。でも、姫乃の浴衣、見てみたいな」
「そお?」
姫乃は少しく頬を赤らめながら、
「じゃ、続き見よっか、ね?」
「はいはい」
姫乃の言葉に従って、アニメの続きを再開した。
既に今日の宿題の予定はこなしているので、件のアニメの続きを見ているのだ。
今でだいたい半分ほどなので、まだ先は長い。
そうしていると、太陽が西の空に傾いて、そろそろ夕ご飯という時間になった。
「姫乃、よかったら俺、夕飯作るから、続き見といてよ」
「やだ」
「え、なんで?」
「だって、一緒に見た方が楽しいじゃん? 夕飯は私も手伝うからさ」
「……分かった。じゃあ、そうしようか」
それから、母さんの分も入れて三人分の夕飯を作った。
俺たちは先に頂いて、またアニメの続きを堪能して、姫乃を駅まで送って行って。
最初はぎこちない俺だったけれど、だんだんと自然に振舞えるようになって、今では楽しいなと思う余裕もできてきた。
明日の待ち合わせは、お祭りに合わせて午後からなので、午前中はゆっくりできるだろう。
そんな考えを胸にベッドで横になってそのまま寝入って、朝になった。
部屋の外が何やら騒がしいが、多分今日は休みの母さんが、何か家事をしているのだろう。
不意にスマホに着信音が鳴って、今日も姫乃に起こされた。
『おはよ。今日、待ち合わせしない?』
今朝の目覚ましは、待ち合わせのお誘いの言葉だ。
『そうしようか。時間決めて、同じ電車に乗ろうか?』
『うむ、そうしてくれたまえ』
リビングの方へと移動して、新聞に目を落としている母さんと雑談しながら、朝飯兼昼飯を腹に入れた。
それから、姫乃との約束に間に合うように、自宅を後にする。
夏の昼下がりは太陽が眩しく、遠くからクマゼミの鳴き声が耳に届いてくる。
駅の改札を潜ってホームで待っていると、『こっちは15時5分発、前から三両目』とメッセージが入ったので、言われた場所で待つ。
到着した電車の車両に乗り込むと、長椅子に腰掛けて手を振っている姫乃を見つけた。
「よっ!」
「うん。今日の服は、皺になってないね」
「ははは……最近、気を付けてるってばさ」
そんな話を振って来る姫乃は、まるでその周りだけほの明るく光っているように見えた。
白い生地に薄い青色や黄色の花模様が全体にあしらわれた浴衣姿で、薄紅色の小さな巾着を膝の上に乗せている。
浴衣の裾から覗く素足が、白い鼻緒に負けないほど真っ白で瑞々しい。
彼女の横に腰掛けながら、
「姫乃は……似合ってるね、それ」
「そお? ありがとう」
あまり気の利いた言葉が見つからないけど、彼女はそんな俺に向かって、柔らかく微笑んでくれる。
電車を降りると、浴衣姿の姫乃は早くは歩けないので、彼女の速さに会わせてゆっくりと歩いて行く。
純菜と葵との待ち合わせ場所に着いたけれども、まだ少し時間がある。
「どうしようか? じっと外にいても暑いし」
「そうね。あ、あれ良くない?」
そう言って姫乃が指をさす先には、『氷』と書かれた大きな旗が飾られたお店があった。
時間つぶしと避暑を兼ねて、そのかき氷屋さんに入ることに。
「私、イチゴにしようかな。陣は?」
「うーん。じゃあ、宇治抹茶味」
「お、なかなか渋いね。違う味頼んだ方が、食べ比べできるね」
「そうだな、うん」
注文して少し待つと、真っ白い氷の上にたっぷりと蜜のかかったお椀が二つ運ばれてきた。
「どれどれ、そっちも味見…… あ、抹茶も美味しいね」
「うん。くどくなくて、さっぱりするよ」
「こっちも美味しいよ。食べてみる?」
「……うん」
お互いにスプーンを突っ込み合いながら、両方の味を堪能する。
――これって、いわゆる間接キスとかには、ならないのかな?
そんなことも頭の片隅に過って胸の中がざわざわしたけど、姫乃の方は全く気にしている素振りがないので、考え過ぎなのかもしれない。
「そう言えば、陣はこのお祭り、来たことあるの?」
「ああ、昔、サッカーの仲間とね」
「ふうん。女の子とは?」
「いや、ないよ」
「ふーん……」
口元を歪めながら、意地悪っぽい目線をこちらに向けてくる。
「なんだよ、そういう姫乃は?」
「私は大体、毎年来てるから。男の子がいたりもしたわよ」
「そうか……」
「なに? 気になるの?」
「いや、別に」
「なによ、可愛くないぞ、それ」
「はは…… そう?」
全く気にならなくはないけれど、でも今の俺にとっては、こうして今の姫乃と一緒にいられれば、それでいいわけで。
こうして浴衣姿の女の子と一緒にかき氷をつつくのも初めてだし、その相手が推しの姫乃なら、幸せ度も増すというものだ。
それからもう少し他愛の無い雑談をしてから、他の二人との待ち合わせ場所へと向かった。
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