第20話 スタジアムへ
肉盛りランチを終えると少女三人組と俺は、カラオケ店に向かった。
正直に言えば、これは乗り気ではなかった。
音楽の授業以外では歌などはほぼ歌ったことがなく、カラオケの記憶は中学時代に一度行っただけに遡る。
重い足取りで三人に続いて部屋に入り、姫乃のすぐ横に座った。
飲み物をオーダーしてから、純菜がタブレットをいじり出した。
「はい、次は誰?」
「じゃあ、私かな」
続いて葵、それから姫乃が曲を入れて、最後の俺に手渡された。
最近の曲もあまり知らないし、困ったなあ……
思案に暮れながらタブレットと睨めっこをしていると、聞き覚えのある、明るく軽快な音楽が流れてきた。
「じゃあ、行くよお~!」
マイクを片手に純菜が歌い始めると、モニター画面に何かのアニメが流れ出した。
「これって、アニメの主題歌だっけ?」
「そうよ。純菜もアニメが大好きだから」
そう言えば、映画には純菜を先に誘ったって言ってたな。
それにしても上手い。
高音も低音も外さず、何より、ちょっとロリっぽいアニメのイメージと彼女自信のキャラがぴったり合っていて、思いっきりはまっている。
「「「イエーイ!」」」
歌い終わって女同士でハイタッチを交わす中で、次は葵の曲が始まった。
こっちは全く意表を突かれて、人気の女子アイドルグループの曲だった。
見た目のクールさと曲の甘々さが全く合っていないが、それがかえって楽しい。
「意外だな葵、そんな可愛い曲が好きだったとは」
「……私が可愛い曲を歌ったら、おかしいか?」
「いや、別におかしくはないけどさ、何か可愛いなって思ってさ」
「な……何を言う、お前!」
「あ~あ、葵をからかっちゃだめだよ、陣。結構照れ屋さんなんだからあ」
「こ、こら、純菜!」
「照れない照れない、おっぱいもんじゃうぞお~」
「わわ、やめろってばか、あ……っ」
「このこのお。おお、最近、またデカくなったねえ~」
「おい、やめろお~!!」
葵と純菜が軽くもみ合う中、今度は姫乃がマイクを手に取った。
透明感のあるアップテンポの音律が、部屋いっぱいにこだまする。
姫乃の口から、よく通る透き通った声が発せられて――
K-POPの音楽だろうか。
どうみても難易度が高そうな音階を何なく歌い上げていき、しかもこちらに笑顔を送るだけの余裕も醸している。
さすが、選ばれた強者が集うオーディション決勝戦の場に立っていただけのことはある。
思わず聞き惚れていると、
「はい、次は陣の番だよ」
マイクを手渡しされて、背中に緊張が走る。
昭和の頃に流行ったラブソングのイントロが流れ出し、
「うわ、しっぶ!」
「きゃああ、素敵い!」
確か、母さんが好きで、昔よく聞いていたのだ。
上手かどうかはよく分からないが、何とか最後まで歌い切ると、姫乃が顔を寄せてきて、
「ふーん。結構やるじゃん、陣」
「え、そお? でも最近の曲は、あんま知らないんだ」
「そっか。じゃあ今度、おススメ教えよっか?」
「うん。頼むよ」
どうにかお役目を終えて、ほっと胸を撫で下し。
それから四人で夢中で歌っていると、2時間はあっという間に過ぎていった。
「スタジアムって、早めに行った方がいいんだっけ?」
「そうだね。試合の前にも、応援合戦があったり、選手が練習したりしてるから、それを見るのも面白いよ」
「歌い足りないけど、しゃ~ないね。じゃあそろそろ行こっかあ?」
「うむ」
電車を乗り継いて移動する間も、姫乃、純菜、葵の三人組はずっと喋っている。
よくそれだけネタが尽きないものだと感心してしまう。
目的の駅に着いてから改札を抜けて少し歩くと、湾曲した外壁にいくつもの柱が据え付けられた建造物が目に入った。
近づくとそれはどんどんと大きくなって、目の前にそびえ立つ壁のようになった。
そのスタジアムにはゲートがいくつかあって、それぞれに座席の種類が表示されている。
試合開始までまだ時間があり、スタジアム周辺の人影はまばらだ。
「えっと、これがチケットね」
鞄から封筒を取り出して、そこから1枚ずつ、紙のチケットを手渡した。
「えっ、これ、スポンサー席?」
「うん、こっから入れるよ」
三人を案内してゲートから階段を昇りきると、その先には、二色の緑で整備されたピッチと、ぐるりと円形に広がるスタンドがあった。
俺達の席は、ホームスタンド側の最前列に近い、スポンサーを対象にした特別席だ。
「ここって、すごくいい席じゃないの?」
「うん。せっかくだから、見やすくて落ち着ける場所がいいかなって思ったんだけど、何とか手に入ったんだ。あ、スポンサー席だから、料金はかからないよ」
「「「ええっ!?」」」
「そんなの、どうやって手に入れたのよ?」
「ちょっと、知り合いに頼んでね」
実を言うと、この試合は人気カードだけあって席がほぼ埋まっていて、それで倉本さんや昔の知り合いに訊いてみて、ここのチケットを融通してもらったのだった。
とりあえず、試合解説ができる俺を真ん中にして、右に姫乃が、左に純菜と葵が腰を下した。
ゴール裏の観客席には既に多くのサポーターが詰めかけていて、横断幕を掲げ、大きな旗を振りながら、気勢を上げている。
ピッチの方に目を向けていると、前の通路を通ってこちら側に折れて、男の人達が近づいて来て、「畑中君?」と声を掛けてきた。
そこには、初老で温厚そうな男の人がいて、その後ろに何人もの屈強そうなジャージ姿の男子がおり、その中に倉本さんも交じっていた。
「あっ、峰岸監督!?」
「久しいねえ、畑中君」
そこにいたのは、東京アークナイツの監督の峰岸さんだった。
後ろには、ジュニアチームの選手や、昔世話になったコーチの顔も交じっている。
「どうも、ご無沙汰を。なんでここに?」
「君が今日ここに来るって聞いたから、顔を見にきたんだよ」
「よう陣、今日はまた、派手に綺麗どころを連れてんじゃないの?」
「倉本さん、お疲れ様っす」
「えっ、もしかして、倉本選手!?」
すぐ脇で、純菜が黄色い声を上げた。
「よう、陣。久しぶりだなあ」
「元気にしてたのかよ、お前?」
「ちょっと太ったんじゃないか、お前?」
「いやまあ、ぼちぼちだよ……」
他の面々にも次々と声を掛けられ。
それから、峰岸さんがゆるりと口を開いた。
「調子はどうだ、畑中君?」
「はい、まあ、普通にやってます。あ、今日はすいません。倉本さんやチームの方に、無理言ってここへ」
「まあ、君ならいい。いい試合ができるように頑張るから、最後まで見て行ってくれ」
「今日は俺先発だからな、期待しててくれよな、みんな!」
「はい、ありがとうございます」
一礼を返すと、みんな元の通路を戻り、階段の中へと消えていった。
その場に残された俺以外の三人は、突然の出来事に、しばし言葉を失った。
「ねえ、陣……」
「ん?」
「あなたが昔いたチームって……?」
「俺は昔、東京アークナイツの下部組織のクラブにいたんだよ。峰岸監督はその頃、俺達若手チームの監督をしていたんだ」
「……そういえば、同じユニフォーム着て、写真に写ってたっけ?」
「うん。あれは中学時代に、チームで取った写真なんだ」
俺と姫乃の会話を呆然と聞いていた純菜が、
「陣って昔、サッカー選手だったの?」
「うん。言ってなかったよな、ごめん」
「いや、いいけどさ。もうやめちゃったの?」
「うん。色々と事情があってさ」
「そっかあ。陣、足遅いしねえ?」
「ははは…… それ今、ここで言う?」
自分でも分かってはいるけれど、面と向かって言われると、やっぱ凹むよなあ、それ。
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