第11話 告白
真行寺麗華は、中学時代の同級生で、3か月だけ付き合っていた。
彼女から告白を受けて、理由も告げずに彼女から去って行った。
それから今まで、彼女から俺に会いに来たことも、こちらから会いに行ったこともない。
その彼女が、今目の前にいる。
「ここの味も変わらないわ。あなたに連れて来てもらって、作ってもらってから」
しみじみそう語る彼女を、姫乃が驚いた表情で見やった。
「それはどうも」
「そんなに怖い顔しないでよ。せっかく久しぶりに会えたのに」
「……俺は元々、こんな顔さ」
「あら、そうだったかしら?」
そんなつもりはなかったが、突然の出来事に、俺の気持ちがついていけてなく、それが顔に出てしまったのかもしれない。
麗華は涼やかな微笑を浮かべながら、じっと俺を見つめる。
「倉本さんから話は聞いていたけど、元気そうね」
「倉本さんから?」
「ええ。たまに会って話をしてたから」
「まあお前だったら、あの人がほっとくわけはないかな」
冗談を込めた俺の皮肉に、彼女は表情をこわばらせた。
「そんなんじゃないわよ。あなたと私のことを、心配してくれてたのよ」
「そうか、それもあの人らしい。で、何しに来たんだ、一体?」
「今日あなたを街で見かけたから、懐かしくなって。もしかしたら、ここにいるんじゃないかなと思って」
「そうだな。懐かしい、もう過ぎたことだ」
「……ねえ、私達、やり直さない?」
「は?」
いきなりの言葉に、自分の耳を疑った。
「何だって?」
「私達、やり直せないかって言ってるの」
表情を変えることなく、平然とそんなことを口にする麗華。
蚊帳の外に置かれた格好の姫乃がカウンターのテーブルの上に目線を落とし、おかみさんは何も聞いていないかのように、食器の片づけをしている。
あの時、何も言わずに去って行ったのは、お前の方だ。
その頃の俺を見限ったのは仕方のないことと思うので、殊更に責めるようなことをした覚えはない。
いや、それ以上に、こんな俺と付きあってくれたことには、感謝すらしている。
今更どうでもいいことだが、それがなぜ今になって?
「何を言ってるんだ、今更。もう終わったことだろ?」
「だって、あんなことがなかったら、もしかしたら私達、今だって……」
「やめろ。それ以上は言うな!」
語気を強めた俺の声音に、麗華の肩がびくりと跳ねた。
「……ごめんなさい、つい…… でも、私はずっとそのことを思ってたの。だから、それを伝えたくて来たのよ」
「すまないが、今は仕事中なんだ。それに今は、連れがいるし」
そう言い放って、姫乃の方に視線を向けた。
姫乃はおずおずと顔を上げて、俺に目線を返した。
「そうね、ごめんなさい。お二人一緒だったものね。デートのお邪魔はしたくないから、これ食べたら帰るわ。あなたの連絡先、まだ生きてるわよね?」
麗華は皿の上の残りを食べ終えると、また連絡するからと言い残して、席を立って外へ出て行った。
以前はもっと物静かで、思っていることをなかなか言い出せないようなタイプだった印象なのに、少し変わったなと思った。
厨房に戻ろうとする俺に、姫乃が弱弱しく言葉をわたしてきた。
「ねえ……陣?」
「ん?」
「今の人って……?」
「ごめんな。後でちゃんと話すからさ」
「……うん」
彼女は頷いて、俺に軽く笑みをくれた。
いきなりのことに動悸が収まらない胸を押さえつけながら、俺は仕事に戻った。
マスターが、他には聞こえない程の小声で、
「陣君、なかなかやるな。あんな綺麗な子を二人も引っ張ってくるとはなあ」
「やめて下さい、マスター。別にそういうんじゃ……」
「お、そろそろ中継が始まるな。テレビつけようか」
マスターがフロアに姿を見せると、
「よおタニさん、あんたもこっちで一緒に飲もうぜ!」
「ここ座れよ、マスター!!」
と客達から歓声が上がる。
マスターがいない間は、厨房は俺が仕切ることになるのだ。
店のドアが開いて、新しい客がぞろぞろと入ってくる。
しばらく忙しくなりそうだ。
姫乃は一人で大丈夫だろうかと不安だったけど、今は、目の前の仕事が優先だ。
試合が半ばに差し掛かったあたりで、マスターが厨房に戻って来た。
「陣君、ここは俺がやるから、あの子のとこに行ってあげな」
「はい、ありがとうございます」
カウンターの方に向かうと、他の客達と談笑しながら、姫乃は笑っていた。
テンションが高い店内の雰囲気に、完全に馴染んでいるようだ。
俺は大きめのグラスにオレンジジュースを注いて、姫乃の前に置いた。
「姫乃、差し入れ」
「お、気が利くねえ。ありがとう」
結局その日は、残念ながら東京アークナイツは僅差で敗れ、先制ゴールを決めていた倉本さんの悔しそうな顔が、画面で大写しになっていた。
みんなでやけ酒タイムが始まる頃、姫乃が帰り支度を始めた。
「ご馳走様。そろそろ帰ろうかな」
「あ、じゃあそこまで送ってくよ」
「陣君、今日はもういから、姫乃ちゃんと一緒に帰っていいわよ」
「そうですか。じゃあ、そうさせてもらいますね」
帰り支度を整えて、姫乃とともに、悪盛り上がりする洋食屋Tanyを後にした。
人気の少ない夜道を歩きながら、姫乃が口を開いた。
「今日の試合、残念だったね。最初は勝ってたのに」
「うん。まあ、こんな時もあるよ。何が起こるか分からないから、サッカーは面白いんだ」
「ふーん…… ま、あんた運動オンチだもんね。自分でやるよりも、美味しいお料理作って試合を観てる方が、似合ってるかもね」
「はは…… 確かに、そうかもね」
確かに、俺は脚遅くて、球技も苦手だ。
苦笑いで返すと、姫乃から氷のような一言が刺さった。
「で、あの人は誰なの?」
緩やかな口ぶりだけれども、目は全く笑っておらず。
「俺の元カノなんだよ」
俺の答えに姫乃は目を丸く見開いて、
「やっぱそっか。そんな会話だったけど。あなた、あんな綺麗な彼女いたの?」
「まあ、うん。去年3か月だけ付き合って、別れちゃったけどね」
「振られたの?」
「うん」
「そっかあ。それがいきなり『やり直さない?』か。ちょっとびっくりだね」
「うん、そうなんだよ。訳が分かんないよね?」
そこから少し沈黙の時間があって、
「で、どうするつもりなのよ?」
「どうって…… どうもしないよ、別に」
「もうあの人のこと、好きじゃないの?」
「どうかなあ、ずっと忘れてたから、多分そうだとは思うけど………」
すると、いきなり姫乃が、『ばん!』と背中を叩いてきた。
「痛って。なんだよ、いきなり?」
「ふん。私という推しがいながら」
と不機嫌そうに嘯いて、つんと鼻先を上に向けて、先に歩き出した。
「うん、そうだよ。俺はお前が推しだよ!」
「だったら、もっとしっかりしなさいよ!」
「はい……」
そのまま彼女の少し後ろを歩きながら、駅の開札へと向かった。
結局さよならを言うまで、ずっと姫乃は、機嫌はよくないままだった。
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