第9話 眩しい友人

「ごめんね、姫乃。もしかして、デートの邪魔しちゃった?」

「いや、デートじゃないし。一緒に映画行って、ご飯食べただけだし」

「……それって、デートじゃないの?」

「どっちでもいいけどさ。最近どうなの?」


 姫乃の問い掛けに、設楽さんはくすっと笑って、


「大変よ、そりゃ。色んなとこに挨拶にいったり、これからのレッスンの説明を受けたりとか。色んな取材のスケジュールなんかも入ってるみたいだし」

「そっか……忙しそうだね」


 そう応えた姫乃が、その時だけは、心なしか小さく見えた気がして。


「でも、いいことばっかりじゃないよ。男友達には気を付けろって、釘をさされちゃったし」

「え、そうなの?」

「うん。はっきりダメとかは言われてないけど、スキャンダルになるようなことがないように、今から気を付けとけって。まあ、土日もつぶれるから、そんな暇ないのかもだけどね」


 そう言葉にしながら、設楽さんはやれやれといった感じで、首を横に振った。


「そうなんだ。京香は、彼氏とかっていたっけ?」

「いーえ、今はフリーだから、全然問題なし。でも、メンバーの何人かは、どうしようって困ってたわよ」

「もしかして、夢菜とか?」

「そうそう、合宿の時に、のろけてたよね? ほんと、どうするんだろ?」


「お待たせいたしました」


 美少女同士の会話をただ眺めていると、オーダーしていた飲み物とスウィーツが運ばれてきた。


 手持無沙汰状態の俺は、ブラックのコーヒーを黙って啜り、苦みと語り会う。


「ところで、お二人のご関係は?」


 設楽さんがケーキをつつきながら、唐突に質問を投げてきた。


「普通の同級生よ」


 平然と答える姫乃の横で、うんうんと大きく首を縦にふる。


「ふーん。でも、一緒に出掛けられる男の子がいていいなあ。これからしばらく、男日照りになるのかなあ……」

「京香なら、その気になればすぐでしょ。こっそりやれば、ばれないわよ」

「だといいんだけどねー。ねえ、陣君だっけ? よかったら今度、私とどこか行かない?」

「「は!?」」


 予想もしない言葉に、俺と姫乃は、同時に疑問符を返した。

 姫乃が慌てた様子になって、


「ちょっと京香、それは……」

「冗談よ、そんなに本気にならなくても。でも、普通のクラスメイトなら、私がお話したって、いいわよねえ?」

「……いい加減にしないと、怒るわよ!」

「ごめんごめん、そうムキにならないで」


 意地悪そうな目で語る設楽さんと、凄みのある眼差しを返す姫乃との間で、なす術もなく、ただ苦みと甘味を味わう。

 正直、自分がなんでこの場にいるのだろうと思いながら。

 

 そんな設楽さんは急に真顔になって、


「でも、元気そうでよかった。みんな姫乃のこと、心配してるのよ」

「そりゃどうも。みんな元気にしてるの?」

「うん…… 姫乃、また続けるんでしょ?」

「……」


 フォークを握る手をテーブルの上に置いて、姫乃が押し黙った。


「だって、勿体ないよ。姫乃が合格してても全然おかしくなかったってみんな言ってるし、姫乃なら次は絶対大丈夫だよ!」

「ありがとう。でも、今はちょっと、考えられないかな」

「姫乃……」

「ちょっと疲れたし…… それに、男の子と遊べなくなるんでしょ?」


 そんなことをアンニュイ気味に言う姫乃に、設楽さんは優し気に微笑みかけた。


「そうだ、忘れないうちに」


 設楽さんは持っていた鞄にごそごそと手を入れて、


「これ、借りてたブルーレイと、本」

「はい、確かに」


 どうやらこのやり取りが、この会合の目的のようだった。

 多分これから忙しくなるだろうから、今の内に用事をすませておきたかったのかもしれない。


「それと、よかったらこれ」

「なに?」


 設楽さんは細い指先で封筒をつまんで、それをテーブルの上にそっと置いた。

 姫乃はそれを拾い上げて、中から紙片を二枚取り出した。


「これ、チケット?」

「うん。私たちの公開のトークショーが今度あるの。興味があったら、見に来てよ。結構貴重品なのよ、それ」

「分かった、ありがとう……」

「よかったら、陣君もご一緒に」

「あ、うん。ありがとう……」


 設楽さんはケーキを食べ終えてから、


「じゃ、デートの邪魔しちゃ悪いから、これで失礼するわね。今日はありがとう」


 そう言い残してから先に席を立って、手をひらひらとさせながら、店から出て行った。


「まだ時間あるわよね、陣?」

「うん、大丈夫だけど」

「じゃあ、買い物でも付き合ってよ」

「はい」


 喫茶店を出て、多くの人が行き交う歩道を歩きながら、


「ところで、陣って、着るものにあんまり気を使わないでしょ?」

「え、そうだけど、何で分かるの?」

「シャツの背中、皺になってるわよ」


 しまった。

 一応鏡では確認したけれど、背中の方までは意識がいっていなかった。

 なかなか、細かいとこまで、見られてるな……


「はは、面目ない……」

「全く、女の子と一緒に出掛けるにしては、失格よ」

「はい……」


 頭を掻きながら苦笑いをしていると、不意に姫乃が真顔になった。


「でも……さっきはありがとう」

「え、何が?」

「京香と会った時。一緒にいてくれて、よかったよ」

「そう? 俺何もしてないけどさ」

「私一人だったら、何を話していいか、分からなかったかも」

「……そう?」

「うん。だってやっぱり、眩しく見えるからさ」


 友達同士で普通に喋っているように見えていたけど、やっぱり複雑なものはあったのだろう。

 相手はこれから芸能デビューが控えていて、自分はそこには手が届かなかった普通の高校生。

 お互いに必死で頑張っていたけれど、今は歴然とした差があるのだ。

 元気そうに振舞っていても、胸の中に抱えているものはあるだろう。


「俺からしたら、姫乃の方が眩しいよ」

「……陣」

「もし次があったら、きっと姫乃は誰にも負けない。推してる俺が保証するよ」


 どれだけ励ましになったのかは分からない。

 けれど、姫乃は「ありがとう」と言って、俺に柔らかい笑みをくれた。


 それから姫乃が洋服を見るのに付き合って、陣もどうと訊かれて申し訳程度に自分の服を物色したりした。


「陣は、これからバイトだっけ?」

「うん、そうなんだよ」

「ちょっと訊きたかったんだけどさ」

「なに?」

「金曜夜と土曜にバイトのシフトって、普通あり得なくない?」

「え、そうかなあ?」

「だってそれだと、いつ友達とかと遊ぶのよ?」


 そう言われればそうかも知れないけれど、ずっとそれでやってきた身の上としては、さしたる違和感は無いのだが。


「まあ、そんなに予定がある訳じゃないからさ。それに、あそこにいると、落ち着くんだよ」

「おじさん達と、サッカーの話しとかができるから?」

「まあそれもあるけど、ほとんど自分の家みたいな感覚かもね」

「ふーん。じゃあ、今日はエビフライでよろしく」

「えっ!? 姫乃も来るの?」

「なによ、なんか問題でも?」

「いや、もちろんないけどさ」


 お客様をお断りする理由は、もちろんなくて。

 ということで、俺と姫乃は、夜になっても一緒にいることになった。



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