第二章 最強の称号、暗雲の予兆

第十二話 人が消えた!?


 ドラゴンとの死闘から一年。フリードに春が来た。


 雪が解け、木々が芽吹く。

 暖かな風と咲き誇る花々。



 ――新しい命の訪れ。



 兄の死んだ日から、離れて季節は廻りまた近づく。

 この螺旋を歩いてるうちに人はいろいろなものを忘れるだろう。


 大陸で戦争があったことを、魔物が蔓延っていたことを、平和の象徴がいたことすらも。


 王都に風が吹く、草木は揺れ、鳥は歌いだす。

 朝から漂うはずのパン屋の出来立てのパンの香りも、カンカンと小気味よく奏でる鉄を叩く音も何もない。



 その日、王都から人が消えた――。





 ここは王都を少し南に下った決闘都市シュテルクス卜。

 都市中央に巨大な闘技場を構え、それを取り囲むように12の闘技場が並ぶ。

 王都だけではなく、フリード領内の町や村からも多くの人がシュテルクストに集まっている。

 


 今宵、新たな最強を決めるためのトーナメントが開催される。


『さぁついにィィ!! 始まりましたぁぁぁ! フリード最強決定戦!!』


 決闘都市全体に設置されているスピーカーから鼓膜を震わすような声が聞こえる。


『ここシュテルクス卜中央闘技場は30万人の大観衆で沸騰寸前だぁぁ!!』




 闘技場の中央上空にガラスの板のようなものが浮かび上がる。


『魔物が大陸から居なくなって一年。魔法研究所は魔道具開発に力を入れてきました! その研究の粋がこれだあ!!』


 浮かび上がった計12枚の透明な板に映像が浮かび上がる。


『この中央闘技場を取り囲む12の闘技場と中継がつながってるぜ~! 他の闘技場にいるやつらも盛り上がってるか~!?』


 都市全体が揺れるほどの歓声が起きる。

 猫が地震と勘違いして飛び跳ねるほどの大歓声。


『いいねいいね! どこも待ちきれないって様子だ!』


『頼れるのは己のみ! まあ、冒険者に限らずそんな場面ばっかりだよな! 心・技・体、知識に知恵! 自分のすべてをさらけ出し駆け抜けろ! 最強の称号を手にするのはいったい誰だぁ!?』


『わかってるぜ! 早く始めろってだろ!? よし、さっそく今回参加する選手たちの入場だぁ!!!』



 闘技場中央に風が巻き起こる。

 そこに前髪が首下くらいまで伸び顔が見えず、上下黒の寝巻みたいな服を着た猫背の男が現れる。


『いきなり来たぞおぉ!! 上級冒険者にしてソロ活動者、[白疾風]ヴィント・ブリーズの入場だぁ!!』


「今の風……70点」


 ヴィントの入場を皮切りに続々と選手たちが入場してくる。


『次に現れたのは冒険者パーティー【喰魔】のリーダー並びに冒険者クラン【不滅の闘魔師団】のクランリーダーでもある[万食謳歌]カオエン・ドルモンドだぁぁ!』


 両手を高々に上げ、口の横に割けたような傷がある坊主頭の青年が入場してくる。


「うっは、テンション上がるな~これ!」


 張り裂けそうなくらい口を開け、カオエンは笑う。

 

 その後ろに数十人ついてくる。

 おそらく【喰魔】【不滅の闘魔師団】のメンバーだ。


 

『おおっと! 優勝候補がここできたぁ! 我が国フリードの、大陸の救世主の一人にして冒険者ギルドのギルドマスター、[不敵]フィクス・ブライトの入場だぁぁ!』


「救世主といわれるのは……少し複雑ですね。国王に絶対出ろって言われちゃ断れないですけど」


 フィクスは観客にお辞儀しながら入場する。


『さあ! 続々入場してきたぞ~!!』


 二列等間隔に並び、歩幅も等間隔。

 白の鎧に身を包んだ騎士たちが入場してくる。


 その先頭にはひときわ目立つ、大きな盾と小ぶりな斧を持った騎士が。

 何故目立つのか、その騎士たちの中で唯一の女性だからだろう。

 金色に輝く髪をかなり短めに切りそろえ、見るからに重そうな盾を片手で持ち入場してくる。


『おいおいこいつら出場してもいいのかよお!? 国王直属護衛騎士団【ガーデン】がきたぞ! しかも、団長の[不動の盾]リーリエ・シルトもいるぞぉぉ!』


 会場は大盛り上がりだ。

 黄色い歓声ってこういうことなんだと、控室にいるノアたちは思った。

 

 次に入ってきたのもこれまた団体。

 二振りの剣を腰に据えた、髪はぼさぼさで髭づらのいかにもやる気のなさそうな男を先頭に入場してくる。


『マスターが出場するのにこいつらが出ないわけないよなぁ!? フリードの冒険者ギルドのサブマスター、[断絶剣]セリク・フォンと領内にある冒険者ギルド支部の職員たちだぁ!』


「なんだってデカい盾を持ってるな団長様、あんたらが出るなんて意外だぜ」


 セリクがリーリエに話しかける。


「国王命令だ、自分たちの力量を確かめて来いと……だn、セリクは盾も持たずに身を守れるのか?」

「ん? その盾とやらで敵は切れるのかい? 逆に団長様はそんなデカい盾を持たないと身を守れない未熟者かい?」

「これは我が身を守るためだけのものでは無い」

「へえ、素晴らしい忠誠心だ。せいぜい頑張れよ」

「あんたはすぐに負けてギルドに帰れ」

「俺、年上なんだけど……まあいいか」


 セリクは振り向き、手をひらひらさせてギルド職員たちのところに戻る。

 職員たちにめちゃくちゃ怒られて小さくなっていくセリクをリーリエは鼻で笑い、こちらも団員のところへ戻る。


『おいおい! まだ始まってもないのにバチバチじゃねえか! ……おっと!?』

 

 次に来たのは夜のような黒に星々が描かれたローブを身にまとった謎の女性が入ってくる。


『これまた珍しい人が来たぞ! 巷で有名な占わない占い師[星詠み]ステラ・セイルズだぁ! コイツは戦えるのかあ!?』


「まだ、明るい……星が見えない」

 

 空を見上げるステラの近くに一匹の蝶が舞う。


 気が付けば、闘技場全体に氷の蝶が大量に舞う。

 それと同時に空色の髪をなびかせて悠々と入場してくる女性。その後ろにも女性たちが続く。


『来た来たぁ! 女性だけの冒険者パーティ【氷晶の蝶】とそのリーダー[氷の女王]アイシー・フロストハートだぁ!』


 刹那。

 舞っていた氷の蝶が床に叩き落される。


 そして紫色の髪を後ろで纏め、熊の口のようなマスクをつけた大男が入ってくる。


『おおっと! こいつも最強の称号を取りに来たぞ! 冒険者ギルドには加入していないが、傭兵としての活躍は数知れず。[宙舞の大熊]グレイブ・ナイルだぁ!』


 アイシーとグレイブがにらみ合う。

 まさに、一触即発。


『こういうやつらは、強そうなやつらを見かけるとちょっかい出したくなる性分なんだよな! さあ、続々来るぞ!』


『【メルクリウス】に【獣の語り部】【閻魔団】【カサンドラ】【紅炎冒険団】【ドリームウィーバー】! 他にも、フリードの名だたる冒険者パーティやクランが入場してきたぞぉ!』


「俺達も派手に入場するか」

「鶏肉……それいいな」

「ちょっとノアさん!? もう入場ですよ!?」

「みんな見た目派手な魔法出していこ~」


「じゃあ、みんな頑張って来てね」


 ヒカリは手をひらひらさせる。


「神様はほんとに出なくていいのかよ?」

「いいんだよ、トリフィム君。私の魔法は向いてないの。ほら行った行った!」

 

「あんたの魔法、まだ誰も見たことないけどな……押すなよ!」



『皆さんお待たせしましたぁぁ! 最後の出場者はもちろんこいつらだぁ!』


 アナウンスと同時に、闘技場が花で満たされる。

 入場ゲートから光の軌跡と火の弾が空に向かい交わり弾ける。


 英雄たちは歩を進める。

 その一歩、一歩ごとに会場は歓声を上げる。


「おい! ジョーも何かやれよ」


「急に言われても無理ですよトリさん……ああ、もう! 皆さん1回止まってください!」


 ノアたちが止まると、地面が盛り上がる。観客も盛り上がる。

 そして掌が形成されノアたちを天高くまで押し上げる。


「決めポーズするなら今ですよ!」


 英雄たちは各々決めポーズをとる。

 全員ダサい。


 そのダサさを打ち消すがごとく、氷の蝶があたりを舞い、風が花弁を巻き上げる。

 【ガーデン】の騎士たちは深く頭を下げ、ギルド職員や他の冒険者クランやパーティも雄たけびのような歓声を上げる。


 星のフードを外しステラは空を見上げ、グレイブも静かに手を叩く。


「登場も派手派手だ!」


 カオエンは自分の坊主頭を撫でながら微笑む。

 

『流石は世界を救った【ノアと愉快な仲間たち】だぜ! 他の出場者も盛り上げてくれてサンキューな!』


 

「また派手に入場してきましたね」


 フィクスが手を叩きながら、地上に降りたノアたちへ微笑む。


「鶏肉が派手に入場しようって言ったから」


「いや~上手くいったな」

「周りの出場者ありきでしたけどね」

「まって、花出し過ぎて疲れた……」


 エニ。ごめん。


「ふふっ、トーナメントで当たったらよろしくお願いしますね。手は抜きませんよ」


 そう言い残すと、フィクスはセリクとギルド職員のところに向かう。


「ギルマスは当然のようにトーナメントまで勝ち残る気でいるのかよ」

「優勝候補ですよ? 師匠は」

「ジョーは何回か手合わせしたんだろ? どんな感じだった?」

「……1回も勝てませんでしたね。そしてまだ隠してる魔法あるみたいです」

「でも、最初はみんなバラけることお祈りだね~」


 エニはそう言うとその場にちょこんと座る。


『さあ! 出場者が全員出そろったぞ! ここで国王から一言もらう段取りだが、会場が熱狂で爆発寸前だから、さっそく始めちゃうぜ!』

 

「ええ、ちょっと休みたい」

「エニ……勝って来いよ」

「エニさん頑張って」

「どうせ勝つだろコイツは」


 英雄たちはエニに各々言いたいこと言って、ほかの出場者と共に移動する。


 あの実況の人なんかめっちゃ怒られてるな。



『さあ! 俺が国王陛下の側近に説教されてる間で移動が済んだみたいだな!』


 中央闘技場に浮かぶ12枚のスクリーンに各闘技場に移動した選手たちが映し出される。


 

『さて、すでにみんな知ってると思うが、改めてルール説明するぜ!』


 ルールはこうだ。

 出場者は12の闘技場に分かれ、乱戦を行い、勝ち残った一人がトーナメントに参加できる。

 そして予選を勝ち抜けた12人の出場者によるトーナメントを中央闘技場で行い優勝したものが、最強の称号を得る。


 いたってシンプル。


『……おっと自己紹介がまだだったな。実況は俺、スルヨ・ジキョウがお送りするぜ! そしてなんと解説には魔法研究所の所長のシーバー・ブランさんに来てもらってるぜ!』


『よろしく頼む』


 白髪の老人が頭を下げる。

 

『そして、かすり傷から致命傷、疲労回復や魔力回復までなんでもござれ式ハイパーウルトラデラックスな医療集団【慈愛の恩寵】に来てもらってるぜ! 出場者たちは存分に暴れろ! 当然殺しちゃうのは禁止だからな!』

 

 ――じゃあ、さっそく行くか。

 スルヨは大きく息を吸い込む。

 そして吐き出すとともに今日一番の声を上げる。



『試合開始ィィ!!!』



 最強を目指す者たちの戦いが今始まる。


 観客の皆様はどうか瞬きなしでお願いします。 

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