第二話 どちらがどちらに出会ったのか


 校舎の屋上に人影が一つ。


 聞こえるのはサッカー部や野球部の叫びにも似た声、吹奏楽部の清らかな演奏。あ、今音外れた。


 終末のような夕陽が街を染め、髪を揺らす風が柔らかく頭を撫でる。

 こんな時に優しくするなよ。親にも頭を撫でられたことないんだ。

 



 学校という場所では普通であることが良しとされ、異端にならないために日々を過ごしている。

 空気が読めないとダメ、冗談が通じないとダメ、メールの返信が遅いとダメ、誰かに媚びすぎるのもダメ、恋愛に興味がないとダメ。

 

 悪目立ちしないように、浮かないように、自分の優位を確認できないと不安になってしまう人種たちが生存競争をしている空間。

 

 どうしてこんなに生きづらいんだろう。

 そうしてみんなの生きづらさのしわ寄せが、一番目立つところに出るのだ。

 

 いじめという形で。


「もう、どうでもよくなってきちゃったな」


 ただ、平穏に生活したかっただけなのに、目立たないようにしてたつもりなのに、目立たないが故に目立ってしまったのだろう。当然、助けてくれる人なんていない。


 もう、いろいろ考えるのもめんどくさい。


 柵を乗り越え、校舎の淵に立つ。


 胃が引き締まり、ステージに一人で上がるときのような、思わずしゃがみ込んでしまいそうな緊張感に襲われる。

 これは緊張感ではない。死への恐怖だ。


 紅く染まった空を見上げる。鳥たちが自由に飛び交い風に乗せて歌声を奏でる。


 きっと自由なんだろうな。


 いくら空を見上げたってこの足が地面から離れることはない。


 自分はあそこまで飛べないんだ。


 飛べないが落ちることはできる。


 前に体重を掛けてゆっくり倒れる。足が離れそうなとき視界が白に包まれる。

 まぶしいのではなく、ただただ真っ白。それでもおもわず目を瞑ってしまう。

 しだいに体が浮き上がるような感覚に襲われる。


 飛べたのだ。



 

「はいはーい!! 私は死神のヒカリと申します! よろしくね!」


 何が起きているか理解できない。ここはどこ? 死神?

 死神ってこんなフランクなの? 死神っぽくない名前だし。

 

 自分がいるところにすら何もない真っ白な空間。足が地についてる感覚もなく、浮遊してる感覚もない不思議な状態。


「あれ? まだ、生きてるじゃん。いろいろあって急いでたから、あなたが死ぬ前にここに連れてきちゃったかあ……ごめんね?」


「状況が理解できないんですけど」


「いきなり連れてきてそうだよね。おほん、それじゃあ軽く説明するね」


 ヒカリはニコッと笑いながら、話し始める。

 見た目は完全に女子高生くらいの見た目だ。服装はまあ、東京とかで着てればギリ浮かないくらいのきわどさだ。


「私は死をつかさどる神様。まあ、死神って名前だしわかるよね。私の仕事は主にいろんな世界の命の総量の管理とかをしてんのよ」


「命の総量?」


「うん。世界にはね命の総量ってのが決められていてその時間軸に生存できる命の量が決められているの、それを管理するのが私の仕事なんだ~」


「でも、自分のいた地球では世界の人口は増えてるよ?」


「命ってね人間だけのものじゃないのよ? 人間が増えてるってことは……ね?」


 他の動物とか植物が減ってるってことね。大変そうだな。



「実はそんなに大変じゃないんだ。この命の寿命は大体こんなもんって決めてるだけで基本はほったらかしだね。あとは勝手に命が廻ってる。環境の変化で新しく生まれる命に偏りがあるけどね。だから地球では人口が増えてる。環境破壊してるからだねえ~」

 

 心読むな。


 ヒカリは手をパンと鳴らす。


「話が逸れちゃったね。死者を死後の世界に送ったりするのも私の仕事なんだけど、ちょっと私の早とちりで生きたまんまここに連れてきちゃった。だってもうすぐで死ぬとこだったんだもん」


 ヒカリは頬を膨らませながら言う。


「死者って他にもたくさんいるよね? 自分にこんなに時間使って大丈夫なの?」


「本来は死後の世界に送るだけだから、こんなには話さないんだよ。今回は特別。君がイレギュラーだったから」


「はあ」


「まあ、ここまで説明しておいてなんだけど、あなた生きてるから元の世界に戻そうと思ったんだけど、飛び降りる直前だったもんね~。戻してもどうせ自分で死んじゃうでしょ? そうすると私の仕事増えちゃうのよ。お詫びもかねて他の世界に飛ばしてあげようか?」


「他の世界?」

 

「そ! 異世界転移ってやつだね。君の望む世界に飛ばしてあげるよ」


 異世界転移。アニメや漫画の世界だけかと思ってたけどほんとにあるんだ。

 地球に未練なんてない。戻ってもどうせ死ぬだけだ。望んでも手に入らなかった平穏な生活ができる世界があるなら、ぜひお願いしたい。


「平穏に暮らせる世界に行きたい」


「おーけーおーけー!! 探してみるね」


 死神は目を閉じ手をワキワキ動かしている。人をくすぐろうとしてる人にしか見えない。


「平穏な世界って意外にないねえ、それっぽい世界はあるけど......ん?」


ヒカリは目を開き、顎に手を当て考えをまとめるかのように小声でつぶやく。


「この生物って寿命とか環境の変化の関係で遥か昔に絶滅してるはずなんだけど、なんで一体残ってるの? ――これバレたらやばくね? こいつのせいで廻るはずの命が廻ってないし、こいついなくなったとして引くほど長い時間ため込んだ生まれるはずの命が一気に廻ったら……どうなんの? やってみないとわかんないか……」


 何を言ってるのか聞こえはするが、意味が全く分からない。


「なーんで気づかなかったかな。多分この世界特有のよくわからん力が作用した可能性があるね――今更私行ったらバレるよな……そうだ!!」


 握りこぶしを振り下ろし掌をたたく、何とも古臭い思いつき方をしてる。


「あなたを一番それっぽい世界に飛ばしてあげる! そこでお願いなんだけど、ちょっとそこに忘れ物しちゃっててさ、あなたに私の力ちょっと貸すから命取ってきてくれない? そうしたら、あとは自由にしていいから」


「平穏な世界に飛ばしてくれるのはありがたいけど、命を取るって殺すってこと?」


「そうそう」


「ちなみになんの命か聞いても?」


「これは――ドラゴン。多分この世界のなんかよくわからん力でなんでか知らんがちょっと引くぐらい長生きしてるんだよ、人間的に言うと悠久の時ってやつだね。こいつが生きてるせいで生まれない命があるわ。ってかこいつが命ため込みすぎてるわ」


 ドラゴンって地球の創作物で見るあれかな? 


 わからん事多すぎて何も説明になってないよ。ってなんでそんな顔できる?どんな感情?

 

「無理でしょ。木を切り倒すとかならまだしも、ドラゴンってあなたが直接行っては?」


「え? いや、私こう見えて多忙ですし……別にあり得ないくらい放置してたのバレて怒られたくないわけじゃ決してないからね?」


ヒカリはわざとらしく目をそらしている。今にも口笛を吹きそうだ。あ、吹き出した。


「怒られたくないんだね」


「神様ってさ、ぶっちゃけどの世界でも崇められてるの、死神の私ですらね。神様は完璧を求められてるの。だからミスしたのバレたら怒られるどころではないといいますか……」


「でも、ドラゴンって無理でしょ?」


「お願いお願い! やだ!バレたら私神様じゃなくなっちゃう! あっちの世界で戦う仲間とか集めてさ、ね? ほら主人公みたいでかっこいいじゃん!! 私の力も少し貸すんだしお願い!」


 スーパーで床を転げまわってる子供くらい駄々こねてるな。今いる空間に床がないからただ手足をばたつかせてるきわどい服着た女子高生なんだよなあ。

 

 お願いって普通神様がされる側だろ。


「あなたの力って?」


「ん? 使えばわかる!!!」


 見事なサムズアップ。腹立ってきたな。


「わかった。今から地球に戻るのも嫌だしね」

 

 どうせ死ぬならドラゴン見てみたいしね。

 冷静にそんなドラゴンがいて平穏なことあるか?

 

「よっしゃ! んじゃさっそく飛ばしちゃうね! はい、私の力貸してあげる!」


 見た目も変わらず、力が湧いてくるわけでもない。え、今ほんとに借りた?


「ああ、あと転移先の世界の命の総量の関係で少し幼くなっちゃうけど気にしないでね。いやあ転移って難しいねえ、本来その世界にない命だからね。まあ、私が管理してるから無理やりねじ込むけどね!」


「ちょ、ちょっと!?」


 この神、大事な事このタイミングで言うかよ!!


「私の力を確かめながら成長していって、仲間を集めてドラゴンを倒す! いいね! 主人公みたい!」


「おい! まt」


 最後まで言い終わる前に、視界が真っ白になる。体が浮遊感に包まれる。



「生きづらさを感じ孤独に生きてきた人も世の中にはいるでしょう。さて、死神の力を得た君よ、君が主人公ならどうする? ――きゃっ、神様っぽいこと言っちゃった!」


 ヒカリは一人でキャピキャピしている。そこだけ見れば年相応の女子高生だ。ただ神様なだけで。


「っと、ミスがばれないようにいろいろ隠さなきゃ!! ええっと、あの子の名前は……ふーん靖一っていうのね」


 ヒカリはそうつぶやくと姿を消した。

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