ハード・ハート・ビート

二度東端

ハード・ハート・ビート

 人の心がないね――と言われる。

 高校では、よく言われた。

 生涯で平均すると、たまに。

 

 決してそんなことはないと様々な観点から反論したかったものの、私の行動が、世間の文脈に浸せばそういう表現に染まるのだろう、と高校の時は受け流していた。ただ、これも今はその考えを改めている。


 現に今、私の目の前で友人の困惑している姿を見て、私も困惑している。機械は困惑しない。

 困惑するのは人だけ。つまり私も人だ。

 

 「なぜそれをチョイスした」

 アリサは私が研究室に入るなり、あいさつもなしに言い放った。そして頭を抱えた。

 

 私の服装に関して不満があるらしい。私が何を着ようと基本的には自由があるはずなのだが、この点に関して今は、ちょっとした複雑な問題を抱えているのだった。


 州崎晴彦。

 私達のゼミに、この春、オーストラリアの大学からやってきた交流奨学生だ。


 私はどうやらその転入生に、好意を持っているらしかった。


 推測になっているのは、そう決めたのはアリサだからだ。州崎君がやってきてからの私の挙動、アリサ曰く「一挙一動について分析した」結果、そうなったらしい。

 

 その分析に対して私も思うところを述べたが、述べているうちにそれが世間一般で言う好意に該当するのは、流石に自分でもわかった。

 アリサはそれを恋心にまで昇華させて話していたが、もしかすると、それもそうなのかもしれない。その時は反射的にそうじゃないと言いかけたものの、反証材料がなかったからだ。

 不思議な感覚だった。


 そして今日は、その洲崎君の歓迎会であった。


 その州崎君との初めての宴席に対し、私も多少なりとも意気込むところがあったのは事実だ。気を惹くチャンスだな、と素直に思った。


 州崎君とは、ゼミでもそれほど言葉は交わしていない。彼は比較的無口な方だった。私がそう思っていることをアリサに伝えたところ、間髪入れずに「アンタが言うな」という言葉が帰ってきた。「一人増えたはずなのに、喋ってるのは私だけよね、このゼミ」と続いたのも覚えている。彼女の中では私と洲崎君に同じ「無口」タグが振られているらしかった。


 そして、歓迎会において州崎君の気を惹くという一定の目標において、わざわざ選んで買ってきた一張羅を来た私を見て、アリサが困惑の表情を浮かべつつ先の台詞を吐いたのが現在だ。


 その困惑の表情に困惑した私も言う。


 「アリサの言う通り女性らしい感じを詰め込んでみた。ほら、スカートだよ」


 私というハードに、ファッションの領域はなかったので、その領域に造詣がある彼女の意見は重要視した。

 事前に彼女からは一言、「女性らしい感じを少しは出したほうが良い、安易だけどスカートでも履いたら?」とのアドバイスを受けていた。

 

 そのアドバイスについては思うところはあった。よく考えてみたら、研究室に配属になってからはスラックスと白衣しか着ていなかった。その結果がこの格好なんだけれど。


 「で……どうしていきなり白衣からメイド服に飛躍するかな!」


 「ほら、スカートじゃない」

 「そうだけど!」


 「この胸元のふわふわした感じも、女性らしい」

 「そうだけど!」


 「淡いピンク色も、これまた女性らしい」

 「そうだけど!」


 オウムになってしまったように喚いているアリサに、私は受けた質問の回答をする。


 「一気に飛躍させてみたのは、ギャップ萌えの追求」

 「どこで知ったその言葉!」


 そう言ったアリサの表情はようやく困惑から解けて、笑顔に変わった。まぁ、おそらく私の興味のない領域に対する初の挑戦は、色々彼女にとっては面白い、滑稽な部分があったのだろう。

 ただ、私の数少ない、それでも確かな友人である彼女のアドバイスを踏まえての結果であり、それはそれで前向きに受け止めよう。


 私がそう思った時、研究室のドアが開いた。

 洲崎君だった。


 「こんにちは」


 アリサはちょうど私達の間で、ニヤニヤしながら黙っていた。


 州崎君は私の格好を見て、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 「ああ、こっちの大学でも新入生歓迎会はコスプレするんだね」

 「コスプレ?」聞き慣れない単語だった。

 「それともハロウィンだったかな、日本だとこの時期になるのか」

 「オーストラリアと季節は逆だけど、日付は変わらないよ」

 「あ、そうか」


 洲崎君とまともに話せたのは初めてだった。そういった意味では成功と考えて良さそうで、さらに攻めていくことが得策だと思った。


 「洲崎君、どう? 似合ってるかな?」


 我ながら直球すぎる、意味が不明瞭な問いかけだったと思う。

 問いかけた先の空間が、明瞭な沈黙に包まれた。

 

 「うん。割とお似合いかもしれない」

 

 なぜか、アリサが笑顔で言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハード・ハート・ビート 二度東端 @tohtan_tohtan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ