特別な日
@rona_615
第1話
適当(適度という意味ではなく雑)な化粧とはいえ、今日だけは手を抜かない。
BBクリームを中指と薬指で塗り込んでいく。目の際やくちびるの周りも丁寧に。
真新しいスポンジを軽くファンデーションに押し付け、うっすらとついた色を肌へ少しずつ移していく。
アイカラーはベージュと焦茶の二色。いつもなら指でぐりぐりってするけれど、今日はそれ用のチップを用意した。
チークはつけない。代わりに久しぶりのマスカラを手に、目を見開く。
全ての工程を終え、鏡の中の自分と向き合う。スッピンより少しだけキツくなった目元が、睨みつけると良い感じ。
スカートとかワンピースは似合わない。
白いスラックスに、薄い水色のレース地のトップス。ノーカラーのジャケットはグレーにしよう。
ヒールの高いパンプスもグレー。バッグはお気に入りの紺のトートバッグ。
姿見に映る自分は、雑誌に出てくるようなキャリアウーマンに見えなくもない。
机の上に並べた物たちを、順に鞄に詰める。
借りたけど一頁も読めなかった本。Blu-ray。
自分好みじゃないビールも、ここにあっても仕方ないので、一緒に突っ込む。
それから、封筒に入れた、合鍵。
やり残したことがないかを、一つずつ指差しながら確認し、時計を見る。
家を出る予定だった時刻まで、あと二十分。
ゆっくり歩いて駅に向かっても良いかもしれない。
今日、今から、私は、彼に会いに行く。
つい一昨日まで恋人同士だったはずの相手に。
失恋の事後処理。関係の清算。物の貸し借りの終わり。
そんな理由でもう一度だけ会おうとする彼の生真面目なところが、今は憎い。
せめて着飾って、武装して、行く。
良い思い出になりたいのか、惜しまれたいのか、やり込めたいのか、単なる矜持か。
そのどれともつかない、どれもが混ざったような、高揚感。
ただ、一つだけ確信していることはある。
彼は、私のそんな気持ちになど、もはや興味がない。淡々と、事務的に、事は進むだろう。
だから、私はいつもよりお洒落をする。見た目だけは惨めにならないように。
特別な日 @rona_615
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます