第63話 落下

 うわ、怒ってるなー……。


 遠巻きに見ても、蒼梧が俺を見つけて、頭に血を登らせているのが分かった。

 それから――、力任せに、それまでよりも大きい火球をこっちに向けて飛ばしてくる。


「さ……、西園寺様……」

「大丈夫……!」


 背後で怯えた声を出す古城くんに短く答えて、すかさず自分の前に結界を展開する!

 だけど、正直蒼梧のあの大きさと勢いでくる火球は、平地ならともかくこんな足場の悪いところだと相殺できないかも――!


 と、思ったので、とっさに火球が結界に当たった瞬間に角度を変えて、真正面で受け止めるのではなく結界の上を滑らせて明後日の方向へと火球を逸らした。


「さ、さすがです……」


 よかった、成功した……、とこちらもホッと息をついていると、後ろから古城くんの安心したような声が聞こえてくる。

 振り返ると、古城くんがへなへなと腰を抜かしたように座り込んでいたけれど、それを安心させるように笑いかけると、ふいに『ドン!』と足場が衝撃で揺れたのを感じた。


 ――――あ。


 蒼梧が――、今度は直接こちらにではなく、俺が足場にしている土柱に攻撃を加えているのに今気づく。


 折れる――――。


「西園寺様!」


 慌てたように俺に声をかけてきた古城くんと、見る見る距離が離れていく。


 よかった、古城くんは巻き込まなくて済んだみたいだ――と思いつつ。


 まずい。

 これ――、この土柱。

 どっちに向かって倒れてる?

 

 急速に、目の前に空間がスローモーションで流れ始める。


 自分と柱が落ちていく方向と下の地面との位置関係をとらえながら、とりあえず、客席側ではなくフィールド側に向かって倒れていることを把握して一旦ホッとする。


 ――良かった。

 とりあえず観にきている保護者や家族たちには被害は出ない。


 いやよくないけど!

 これ、逃げ遅れた生徒が出たら怪我するって!


 え――、どうしよどうしよ!

 細かく砕いて――、いや、砂粒くらいにまでならないとダメじゃないか――?


 落下しながら映る視界の中、慌てて逃げる生徒に、立ちすくんで動けない生徒が目に入る。

 

 なんとか――、なんとかしないと。


 やっぱ砂だ。砂にしよう。

 異能を使う感覚と同じ感覚でイメージする。


 できるかどうかわかんないけど!

 正直、ダメ元だけどね!!


 目の前の、倒れゆく土柱が、砂に分解するイメージ。

 いける。きっとできる。

 と、信じたい――!


 そう思いながら、意識を集中させた瞬間――。


 思った通りに、目の前の土柱が瞬間的に全て砂に変わった。


「蒼梧!! 風!!」


 反射的に、地上にいるであろう蒼梧に向かって、力一杯叫ぶ。


 直後、下から強烈な風が噴き上げてきて、塊で地面に降り注ぐはずの砂を細かく散らし、風で上空へと飛ばしていった。


 よかった――、とりあえずこれで人的被害は出ないか――?


 そう、ほっとしたのも束の間。

 その時になってようやく、自分の落下に対する着地をどうするかと言うことに思い至った。


 ――あ。やば。


 対処できる時間はもうない。

 蒼梧の起こした風で多少煽られた分、若干落下速度は落ちたけど、これ、どうだろう――?

 とりあえず頭部を守るために身構える動作に移ろうとして――。

 

 

 ――そのままそこで、意識がダークアウトした。







 ◇







 ――最初に気が付いたのは、遠く聞こえる喧騒。

 それから、自分が柔らかい寝台に横たわっているのだと気づく。


「……あれ」


 ――俺。


「蓮」


 まだ少し霞がかった思考に、聞き慣れた声が耳に入る。


「……そうご」

「大丈夫か?」

 

 …………大丈夫か?


 つかつかとこちらに近づきながら蒼梧が問うてきた言葉の理由を、記憶から探り出そうとして。


 ああ、俺、運動会で……。


 倒れた土柱から落ちて、地面に激突した、んだよな……?


 とりあえず、体に異常がないかを確認するために、ゆっくりと腕に力を入れて身を起こそうとする。


「おい、無理するなよ……」


 珍しく蒼梧が慌てたような声を出すが、特段起き上がったところで体に痛みを感じるところはなかった。

 強いて言うなら、多少だるいくらいかな……。


「……俺、地面に落ちた?」

「いや……」

『すんでのところで我が受け止めて、ことなきを得たのだ』


 と、蒼梧の言葉に被せるように答えてきたのは、いつもの子猫姿ではない、本来の姿に戻ったびゃくだった。


びゃく……」

『まったく、無茶をする。怪我がなかったから良かったものの』

 

 そういいながら俺のところに近づいてきて、心配そうに身を寄せててくるびゃくに「ごめん、助けてくれてありがとう」と礼を言っていると。


「蓮……、悪かった」


 と、蒼梧が頭を下げてきた。

 頭に血が昇って、自分のとった行動の後にどうなるかよく考えずに動いてしまった、と蒼梧が非常に落ち込んだ様子で、寝台の横で立ったまま腰を折るものだから。

 

 そんな蒼梧を、俺はしばらく黙って見つめた後――、ふう、と小さく息をつき、拳骨で蒼梧の頭をコツンと軽くこづいた。


「……痛て……」

「まあ、後先考えなかったのは良くなかったけど。煽ったのは俺だし。お互い様だろ」


 怪我人は出なかったんだろ? と聞くと、「ああ」と蒼梧が姿勢を戻しながら短く答えたので、それでまた安心した。

 いつもどおりの、ただのチャンバラごっこにしていればこんなことにならずに済んだのに、俺が変に戦略とか言い始めたことでこうなってしまったことには、少なからず責任があると思っていた。


 際どい場面はあったけど、なんとか回避でき、怪我人も無しで終えられたのなら良かった……。


 と、ほっと胸を撫で下ろしつつ。


「……ところで、お前はなんでここにいるんだ?」

「教師に凄く怒られて、今日一日謹慎扱いになった」


 あ〜……。

 まあそうね……。

 一歩間違えると怪我人が出るかも知れなかったからね……。


「同じ赤組の人たちとは? 気まずい感じとかにならなかったか?」

「ああ。むしろ力になれずすみませんと謝られたよ」


 それよりも、俺の起こした事態の方が問題なのにな、と。

 

 蒼梧の暴走で同じ組の生徒たちと気まずい感じになってしまったのではないかと心配して尋ねたのだが、どうやら被害を止めるための問題解決においても蒼梧の異能が関わったこと(強風を起こして砂を巻き上げたこと)で、他の生徒たちからは「むしろ東條様ってやっぱすごい……」という見方になったらしい。

 

「…………」

「お前は本当にすごいよ。俺は、自分だけがうまく立ち回ればいいと思ってひとりでやってたけど。チームで作戦を立ててみんなでやるなんて、俺には考えられなかった」

「それは、蒼梧の個人の能力が高いからだろ。俺だってひとりで立ち回れるならそうしてた」

「……どうかな」

 

 そう言って蒼梧が自嘲するように俯きながら笑うと、そのまま「……お前が目を覚ましたこと、先生に言ってくる」と言ってその場を去っていった。


 外からはまだ、運動会の喧騒が聞こえていた。

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