第25話 菊華の入学

 そうしてまた、新しい季節が来て。


 俺は春から、初等部最終学年である6年生になった。


 今年から菊華も初等部に入学し。

 白百合と俺と、三人が同じ校舎に通うことになるのはこの一年が最初で最後だ。

 とはいえ、華桜学苑は小中高一貫校なので、多少校舎は離れども結局敷地は同じなのだが。



 ◇



 そして。


 ――今年も俺は、年度初めの異能テストで最高位だった。


 的当てなど、もはや対象が一つだったら絶対に外すことはないので、2本の矢を一度に平行に射出して当てられますかと聞かれたので、弓道場にある的くらいなら全部一気にいけますよと言って実際に6つある的全部に一度に当てて見せた。


 本当はまだ余裕でいけるが、あまり出しすぎて危険視されてもなと思ってそこで止めておいた。


 うん!

 お菓子作りで異能を鍛えた甲斐があったかな!


「くそ……、今年もまた負けた……」


 蒼梧が悔しそうにそう呻いていたが、いや俺だって蒼梧に学力テストでは点数勝てないからね!?


 そんな感じで、相変わらず6年になっても俺と蒼梧は当たり前のようにつるんでいた。


「おい。あれ、お前の妹じゃないか?」


 蒼梧にそう言われて目を向けると、初等部の校庭で体力テストを受けているらしい白百合の姿が見えた。


 体操服を着て校庭をかけていく白百合は、颯爽としていて兄の俺の目から見てもどこか凛々しく見える。


 白百合も、学力は学年上位3位以内を常にキープしているし、運動に関してもどうやら学年の上位層にいるらしく、「さすが四大華族の一、西園寺家の御令嬢」という評判を勝ち得ているようだった。


 身内の俺としては、白百合があのポジションを維持するためにどれだけ努力しているかというのを知っているから、いじらしいなあと思いながらつい見てしまうが。


 原作での白百合はこの頃、学苑にも通わせてもらえず、継母と菊華にいじめられ、屋敷の下働きのようなことばかりさせられていたはずで。

 それが、環境が変わるとこんなにも違うんだなあと思いながら。


 隣にいる蒼梧をチラリと見る。


 ――俺のとっている行動が。


 菊華を悪役令嬢にしないようにするためにと画策している動きが。


 この、隣に立つ男と実の妹の、本来できるはずだったカップルを不成立にしてしまうのではないか、という一抹の不安。


 原作の白百合と蒼梧は、男の俺が見ても「いいな」と思えるカップルだったので。


 自分の手でそれを壊してしまうことにならなければいいと、そんな不安と罪悪感に苛まれながら、俺はふたりのことを見つめてしまうのだった。



 ◇



 ――でも、それとはまた別に、白百合の異能の封印を解く方法も考えないと。


 学苑から自宅に帰ってきた俺は、自室に向かってトコトコと歩きながら頭を巡らせる。


 この華桜学苑では、初等部5年の時点で【天授の力】が発現しないと、落ちこぼれ扱いにされてしまう。


 明確に落ちこぼれ、というレッテルを貼られるわけではないが、【天授の力】を授かった異能力者を育成するという機関であるため、異能の発現が遅いものは5年生から始まる異能のカリキュラムに大きく遅れをとってしまうのだ。


 そして、初等部が終わるまでに能力を発現できなかったものは、中等部に上がることができない。


 中等部からは他の学校へ進学しなければならなくなる者も現れ出す。


 逆に、地方に暮らしていた貴族の子供が、異能に目覚めて中等部から編入してくることも稀にある。


 原作では、17歳になった白百合が蒼梧の窮地を救うために、封印された能力を解放するというエピソードがあり。

 その目覚めた異能をコントロールするために高等部に編入してくる、という筋書きなのだが。


 それだって、その時白百合と蒼梧との間に関係値ができていたからこそ起こり得たことで、今のほとんど接点のない蒼梧と白百合じゃあ、窮地になったところでってことだよなあ。


 どうしたものか……、と、思い倦ねながら廊下を歩いていたら。


「蓮お兄様!」


 と、食堂にたどり着いた俺を中から呼ぶ声がした。


「見てください! 似合いますか?」


 そう言うと、おろしたての初等部の制服を着て俺に駆け寄ってきた菊華が、俺に制服をよく見せるようにとくるりと踊るように回ってみせ、ニコニコとそう尋ねてきた。


 ああ、そっか。

 明日、菊華の入学式だもんな。


 在校生は新入生よりも少し早く新学期を迎え、少し遅れて新一年生の入学式が催される。


 入学式を明日に控えた菊華が、待ちきれなくていそいそと制服に袖を通し、それを家中で見せびらかせて回っているのだろう。


「うん。よく似合ってる。可愛いよ」


 そう言って菊華の頭を撫でてやると、菊華が頬を染めて嬉しそうに「えへへ……」と笑った。


「これからお兄様と毎日おなじ学苑に通えるの、嬉しいなあ……」


 と、満面の笑顔で菊華にそう言われると。

 悪い気はしないしやっぱり可愛いよね……!


「あっ、お姉様! ねえお姉様、もし学苑でお姉様をいじめる人がいたら、私がやっつけに行きますから!」


 お姉さまに意地悪してくる人がいたら、いつでも菊華に言ってくださいね! と、なぜか突然白百合に向かってヒーロー宣言をしだした菊華だったが。


「……菊華ちゃん。お姉様はいじめられていませんし、いじめられた時は自分でちゃんとやりかえしますよ?」


 そう言って、白百合がにっこりと否定したのだが、否定の仕方がなんとなく不穏に感じるのはなぜだろう……。


 まあ、それはさておき……。

 最近では、菊華も白百合のことを「お姉様」と呼ぶことに慣れたみたいで。

 

 人は肩書きで変わると言うのはあながち間違いでもないのかもな、と言うほどに、呼び方の定着に応じて白百合のお姉さん度合いが増したようにも感じていた。



 ◇



 翌日の菊華の入学式には、別邸から早苗さんも駆けつけてきた。

 

 流石に、実の娘の入学式にも顔を出すなと言うつもりもなかったし、それは菊華にとっても可哀想だと思ったからだ。


 前日から西園寺家の客間に泊まった継母は、俺の顔を見ると苦虫を噛み潰したような顔になったが「フン」と小さく鼻を鳴らして、それでも形ばかりの会釈をしてくれた。


 ――菊華は多分、俺と早苗さんの関係が良くないことを察している。


 だから、早苗さんが帰ってきても、俺と早苗さんが揃って同じ空間にいる時はどこか居た堪れないように様子を伺いながら俺のそばに来てそっと手を握ってくる。


 就学児になったばかりの小さな女の子に、こんな想いをさせて心が痛まないわけはなく……。

 それもこれも、早苗さんがよからぬはかりごとばっかりするせいだからな!

 と心の中でだけ、目の前にしれっと立つ、至らぬ継母を責めた。


 その日、入学式の後。

 昨年と同様、自宅に呼んだ写真屋に菊華の入学を記念する家族写真を撮ってもらったのだが。


 その後、菊華がことのほか、兄妹三人で撮った写真を大事にしていたということは、後から知る話である。

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