第7話 メインヒーローの登場

「おい、お前。ちょっと顔を貸せ」


 ある日。

 新学期になり、放課後「授業も終わったし帰るか」と思っていたところで、ふと俺に声をかけてきたやつがいた。


「……君は?」

東條とうじょう蒼梧そうご。そう言えばわかるだろう?」


 ……東條蒼梧?

 …………東條…………?


 どっかで聞いたことあるような……、と思いながら眉間に皺を寄せていると、すぐに答えを導き出せない俺に対してイラついたような様子を見せた東條蒼梧が、俺に向かって怒鳴り散らしてきた。


「お前……! 四大華族の筆頭一族である東條家を、忘れたとは言わせないぞ……!」

「ああ!」


 はいはい!

 そうだったそうだった!

 東條家ね!

 休みボケしていたせいか、すっかり脳みそが働いてなかったね!

 ごめんごめん!


 と思ったところで、再びはたと気づく。


 ん?

 東條家の東條蒼梧?


 ……………………。


 あああああああああああ!

 こいつじゃんか!

 【しらゆりの花嫁】のメインヒーロー!

 白百合の相手役の男!


 あれっ……? そういえば俺、こいつと同学年だったんだ……!?


 原作小説ではそんなことまで書かれていなかったから全然知らなかった。

 まあ、原作の蓮と東條蒼梧は完全に相性合わなそうな感じだもんなあ……。

 同じ学年だったとしても、没交渉だったのだろう、と自分の中で納得をつける。


 しかし、そんな原作のメインヒーローが一体俺に何の用で来たのだろう?


「ふん……。最近の西園寺家は気位が低いと噂だっているが、どうやら本当みたいだな」


 そういって、見下すように東條蒼梧がこちらを見下ろしてくるが、筆頭家の嫡男がそうやって人を簡単に見下すのもどうなんだろうと思う。


 まあいいけど。


「それで、僕に何の用ですか?」

「……ちょっとついてこい」


 ふん、とでも言いたげに身を翻した東條蒼梧に言われるまま、席を立ち彼の後に着いて教室を出ていくと、背後からきゃぁ……! と女子たちのざわめく声が聞こえた。


 ……一体何なんだろう?


 俺の知らない、原作のこのふたりの因縁エピソードでもあったのだろうか……、などと思いながらその背中を追って行き。


 そうして、東條蒼梧に連れられて校舎裏まで来た俺が、開口一番に言われたことは。


「――お前。この間の異能テストで最高点を叩き出したらしいが。その程度のことで俺に勝ったと思っているんじゃないだろうな」


 ――ん?


「――え、別にそんなこと全然考えてなかったけど……」


 そもそも、あなたが同学年だと言うこと自体さっき気づいたばっかですし。


「ふん。殊勝なことを言っても、腹でどう思っているかはわからん。まあせいぜい、束の間の一位を味わっておくといい」


 俺としても、同学年の生徒の中で有能な奴がいなくて、張り合いがないと思っていたところだ――と。

 東條蒼梧が不敵に笑う。


 え……?

 待って待って?

 メインヒーローだよね? これ。

 これが数年後、うちの可愛い白百合と付き合う相手だよね?


 え、大丈夫?

 コイツ、こんな調子で成長して、後々ちゃんと幸せにしてくれる? うちの子……?


「光栄に思え。お前のことは、俺の好敵手ライバルとして覚えておいてやろう。西園寺蓮」


 そう言って「ふっ……!」と笑うと、正直若干ドン引きした俺をおいて東條蒼梧はその場から立ち去っていった。


 ………………え?

 メインヒーロー?

 あれが?


 この先、初等部に入ってくる菊華の憧れの先輩となり、いじめられていた白百合の心を優しく溶かす予定の男?


 ――嘘だろ?


 これが、菊華による西園寺家没落の危機を危惧し、日々破滅回避をモットーに生きてきた俺が。


 謎に自意識高めヒーローの登場によって、実妹である白百合の将来が不安になった瞬間の――出来事であった。

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