第24話 あたしが言ったんじゃないですよ?
「王子様? そんな不安そうな顔してどうしたんですか?」
リンゼはクラウスと一緒に街に出ていた。リンゼは薬師の店で顔が知られてしまっているので、フード付きマントをすっぽり頭から被っているが少し大きいようだ。普段より更に幼く見えていた。
「リンゼちゃん。こうしてると、なんだか幼い子を連れまわしている変人に見られやしないかと、ね・・・ 僕がもう少し年取ってたら違和感ないんだろけどねぇ。もしくはもっと若くてリンゼちゃんに近いとか。」
クリスの影響で、クラウスもリンゼとミラに対してはちゃん付けで呼んでいる。ミラはいろんな意味で複雑な顔をしていたが。
「くふっ。王子様意外と繊細なんですね。王都での評判は聞いてますよ? それからすると人が違うみたい。」
「え? 僕は一体どんな評判なんだい?」
「教えてほしいですか? 聞くと後には戻れませんよ?」
リンゼがにこっと笑いながらさり気なく脅してくる。
揶揄っているのか? クラウスは戸惑った。そして暫く考えて言った。
「よし! 覚悟を決めた。聞かせてくれ!」
「怒らないで下さいね。 あたしが言ったんじゃないですよ?」
「わかった。約束する。」
それを聞いたリンゼは思い出すように首を傾げ、指折りながら言い始めた。
「そうですねぇ。頑固。自分勝手。天狗。さぼり。ずうずうしい。非常識。剣術バカ。勉強しろ。人の話を聞け。王子としての自覚を持て。」
「かはっ! 誰だ言ったのは! 後半は説教じゃないか!」
半分はセリンの評価だ。
「ほらほら、怒らない。いい評判もありますよ?」
「本当か?」
「一途。真面目。大胆。豪胆。一本気。話がしやすい。気取らない。たま~に優しい。」
「なんか、言い換えただけのような・・」
「ふふっ。評判なんて、そんなものですよ? 受け手しだいですからね。」
「リンゼちゃんは随分大人びた考えをするんだね? 君たち兄妹はなんだか常識外の人ばかりだ・・・ この際だから訊くけど、リンゼちゃんとミラちゃんって、ただのメイドじゃないでしょ。クリス様が連れてる時点で普通じゃないよな。」
「それに関してはヒミツです。常識外という点は、自覚があるので肯定です。けど、非常識という評判は王子様にもありますからね?」
リンゼはくふふっと笑いながら返事した。
♢ ♢ ♢
「やあ。着いた。本当に一人で待たせて大丈夫かい? 何かあったら構わないから中に入ってくるんだよ?」
クラウスはリンゼに言って、目線の先にある建物に目を遣った。先日目をつけていた比較的大きな薬屋で、ここで聞き込みをするつもりだ。
リンゼとミラが訪れた先日の薬草店と違って、賑やかな大通りに面しており、真っ当な店に見える。その分、色々な話が聞けるだろうとの思惑だった。
リンゼは例の薬草店で顔バレしてるので、念のため外で待機だ。
クラウスが店に入るのを見届けると、リンゼは通りの向こうに渡り、少し高めの石段に腰かけ、足をぶらつかせて辺りの様子を観察した。
(このお店は結構人気店ね。人の出入りが多いわ。悪いことするような店には見えないわねぇ。シロかな? あら、裏に工房を備えてるのね。)
どんな薬を作っているのか興味が沸いたリンゼは、こっそりと工房を覗くことにした。見つかったら怒られるだろうが、その時は子供のふりをすればいい。長年培ってきたリンゼの処世術であった。
とてとてと、再び大通りを渡り、人の目を盗んで塀を乗り越え、工房に近づいた。開いた窓からは、薬草を精製する時の独特の香りがする。その中には、先日から馴染の深い薬の香りがはっきりと混ざっている。リンゼはその窓から中の様子を伺った。
何人かの薬師と思しき人たちが、分担して作業している。
「フロメア! 遅れているぞ! 今日のノルマは確実にこなせよ? さもないと。わかっているな!」
「ちょっと! フロメアは具合が悪いんだから少しは手加減したらどうなの!」
ちょうど何やら揉めている最中だ。監督者らしき者が言った言葉に、薬師の作業者の一人が反論したところだ。
「ならば手伝ってやれ。お前のノルマもちゃんと片付けろよ!」
監督の男はそう吐き捨てながら、次に移動して行った。
「ひとでなしどもが・・・ フロメア大丈夫? あんた大分顔色が悪いじゃないか。」
「ええ。大丈夫。あなたこそあんなに逆らって大丈夫なの?」
「わたしの口が悪いのは知ってるでしょう? 奴らも気にしてないよ。それにしても最近は更に作業量が増えたね。これじゃ寝る間もないよ。」
リンゼは会話を盗み聞きながら状況を整理した。
こんな大きな薬屋が麻薬の製造に関わっている。それも街中で堂々と。領主が絡んでいるというのもあながちハズレではないかも。しかし、そこに領主にとって何の得があるのか。
リンゼが小首を傾げて考えていたところで騒ぎが起こった。店の方だ。リンゼは店を覗きに走った。
「お客様。当店に対しそのような誹謗はおやめください。一先ず奥の方でお話を伺いましょう。」
店のオーナー然とした人物が丁寧に応対している。屈強な用心棒と思しき二人を連れて。囲まれているのはクラウスだった。
「別に誹謗とか文句を言ってる訳ではないだろう? ちょっと薬について色々訊いてただけだ。」
「お客様のお訊ねの内容は企業秘密に触れるものも含まれましてね。ここでは何かと。奥の方で答えて差し上げましょう。」
一般客は何事かと遠巻きに眺めている。クラウスはちらりとそちらに目を見遣り、リンゼと目が合ったところで小さく頷いた。
「よし。色々と答えてもらうことにしようか。行こう。」
クラウスは奥の分厚い扉を経た部屋に通された。
「おい! てめえ。こそこそ嗅ぎまわって、どこの手の者だ!」
オーナー然としていた男は先だっての丁寧な物腰をかなぐり捨て、語気も激しくクラウスに迫って来た。
「ほう・・ 人間化けるものだな。別にこそこそとはしてなかっただろう? いや。この場合はこそこそとしていた方が良かったか? まあいい。色々と聞きたいことがある。」
屈強な男たちに囲まれても冷静な態度を崩さないクラウスに男は少し鼻白んだが、更に語気を強めて言った。
「おう! コルザチオに逆らって只で済むと思うなよ! 色々と吐いてもらおうか! おい! お前らヤッてし・・・・なんだ? このガキ、どこから入って来やがった?」
部屋の入口に佇んでいたのはリンゼだった。
「リンゼちゃん。ついてきたのかい?」
「うん。ちょっと色々訊けるチャンスかなぁと思って?」
「けっ! 子連れかよ! こりゃ楽に話が訊けそうだなぁ! お前ら、ガキを捕らえろ。」
男の一人がリンゼを人質にすべく、無警戒に近づく。
リンゼは男の腕を搔い潜って部屋の中を走り出した。
「このガキ! 待ちやがれ!」
用心棒の一人がリンゼを追いかけるが、捕まらない。それどころか、隙を見て足をかけられて転ぶわ、後頭部に蹴りを入れられるわで、男は全く翻弄されていた。
(ほぅ・・ リンゼちゃん、只者ではないと思っていたがなかなかのものだな。)
クラウスは感心して、思わずリンゼの動きを目で追っていた。
「油断してるんじゃねーよっ!」
別の用心棒がクラウスの隙をついて殴りかかってきたが、クラウスは難なくかわし、腕を取ってひっくり返した。男は背中から落ちて強打し悶絶する。
「リンゼちゃん! 後ろ!」
情勢不利と見たのか、剣を抜いてオーナー風の男がリンゼを襲った。これは間に合わないとクラウスが思っ瞬間、何が起こったのか男が吹っ飛んだ。
瞬間、リンゼとクラウスの視線が交差し、リンゼがしゃがんだところに襲い掛かって来た最後の用心棒の首を、クラウスの蹴りが打ち抜かれ、遂に3人の男たちの意識を刈った。
「おみごと!」
リンゼがはしゃいだように言うと、クラウスが答えた。
「リンゼちゃんも大したものだね。正直驚いたよ。」
「うふふ。王子様もすごいです! 伊達に悪名を轟かせてませんね!」
「いや! 悪名轟かせてないし! え? 僕はそんなに評判悪いのか?」
「冗談ですよぅ。さ。皆さんを縛りあげてしまいましょう。せっかくだから色々と訊かないと。」
ショックを受けたようなクラウスに対し、にっこりと笑顔で返すリンゼ。お互い、急に仲が良くなった気がした。戦いの中の短いやり取りだったが、そんなことでも仲良くなる切っ掛けになるんだなぁ、とリンゼは思った。
クラウスは手近な紐で男たちを縛り上げ、転がしておくとオーナー風の男の気が付くような気配がした。
「さて、色々と訊いておくことにしようか。」
クラウスが男を尋問しようと近づいた時にリンゼが声をかけた。
「王子様? ここで手荒なことはやめましょう。穏便に済ませましょ? これを使って?」
リンゼは自分のポシェットの中から小瓶をふたつ取り出した。
「これは?」
「あたしが調合した自白剤です。そして、こちらは忘却剤。ここ一時間ほどの記憶が消え・・・ いえ、曖昧になる薬です。大丈夫。後遺症はあまりありません。」
リンゼがいい笑顔で答えた。
「あまり? 少しはあるのか? ていうか、なんでこんなものを持ち歩いている?」
「ほらほら。早くしないと気が付いちゃいますよ?」
オーナー風の男が少し身じろぎをしたのを見て、クラウスはリンゼから薬を受け取り、男に飲ませた。
(まあ。どっちにしろ手荒な真似はするところだったし。リンゼちゃんの言う通り、この段階で騒ぎを起こすのもまずいか。それにしても何者だろう、この子。)
自白剤は実に良く効いた。
それによると、男はコルザチオの中堅幹部で、この街の麻薬製造の元締めを任されているとのこと。
流通の元締めは別にいるとのことで、詳細は知らされていないが、オーパインに関してはここサンターラ領主が関わっているとの噂が組織内にあった。
オーパインの八割がガリア王国向けに海路で出荷されており、残り二割はコルザチオの裁量に任されているという。
コルザチオとしてはこの有望な資金源拡大のために、増産を重ねてクリスタニア方面への流通整備を実行している最中だった。
クラウスとリンゼが粗方欲しい情報を得た後で、気を失っている三人に忘却剤を飲ませ、拘束を解いてそのまま転がしておいた。
二人はそのまま廊下に出て、窓から脱出。帰路についた。
「あの人の話だと、この騒動に国が関与してる可能性があるということになりますが、どういうことでしょうね?」
リンゼが小首を傾げて考え込んだ。
「いずれにせよ、この情報はクリス様のところに持ち帰って、他のみんなの情報とすり合わせをしよう。」
クラウスがそう言うと、リンゼはニコッと微笑んで返した。
「王子様がまともなこと言うので安心しました。」
「ええっ? リンゼちゃんの中では僕ってどんな扱いなの?」
「うふふ。時と場合によってはとても頼れる王子様って聞いてますよ?」
「・・・答えになってないのだが。」
拠点を出た時よりも打ち解けた感じになって、少し嬉しい二人だった。
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