第23話 あなた翼が見える?
クリスは夕食を囲みながら皆の報告を訊いていた。
「領主が絡んでる可能性かぁ。私は領主のアムゼンに面識はないけど、巷の評判は悪くない。みんなも街の様子を見たから分かると思うが、よく統治されていてキレイだったろ?」
それを訊いて、アランが考え深げに腕を組んだ。
「そうなんだよな。サンターラは表面上は平穏な街だな。そんな領主が悪行に手を染めるのは違和感がある?」
「そうそう。こんな時ミラちゃんいてくれたらササッと探ってくれるんだろうけど・・ どうしたんだろうねぇ。」
クリスは先日から姿を見せないミラに対して心配な様子を見せた。
「なに。ミラのことだから何か掴んだんだろうさ。次に会った時は何かおもしろ・・ 凄いことを訊けそうな気がする。」
アランが面白がっている顔で言うと、クラウスがつついた。
「あなた方は、ミラニィさんの身が心配じゃないんですか? もう三日も帰ってないじゃないですか。そりゃ僕もミラニィさんが只者じゃないことは気付いてますが、あんな可憐な人が行方不明って、ただ事じゃないですよね?」
その言葉にクリスをはじめ、他の皆は顔を合わせて頬を緩ませた。
「おやおや。ミラの心配をしてくれるのかい? クラウスにもやっと人の心が宿ったのかねぇ・・」
「クリス様! 人を人でなしみたいに言うのはやめて下さい! そりゃ、ちょっとは暴れ者の様な評価をもらってたのは認識してますが、人でなしではないですから!」
クラウスが思わず返すとクリスが笑って返した。
「はは。冗談だよ。けど、ミラちゃん自身のことは全く心配いらない。何が起きてるのかは気になるけどね。」
クリスはクラウスが打ち解けてきたのが嬉しかった。王家の者は、クリスの存在を幼い頃からの教育で知らしめられる。どうしても近寄りがたい印象を持つ様だ。
クラウスとはこれまでも会う機会があまり無かったが、会ってもなかなか緊張を解いてくれなかったものだ。
「じゃあ、あたしが捜しに行ってくる!」
リンゼが手を挙げて主張した。
「却下!」
「却下だ!」
「え~?」
クリスとアランの声が被った。
「ほらぁ。リンゼちゃんはまだ小さいから危ないでしょう? 誰かと一緒にいないと思わぬ被害が出た時に庇いきれない。」
「え~?」
クリスがフォローしたが後半は本音だった。リンゼは意図しないところで周りに被害を出す可能性がある。
クラウスは当然と言った顔で頷いているが、真相には気付いてない。
「そのあたりはミラを待つとして、さて、どうする? クリスオさま?」
アランの振りに、ちょっと思案したクリスは答えた。
「どうやら、薬の精製は街の薬師たちが脅されてやってるようだね。まずは薬師たちを何とか解放したいとこだね。ということで、私とアランで、ちょっと組織をかき回してみようかね。前にちょっと暴れたことは話したろう? 私は顔が割れてるからね。表の方を担当するよ。クラウスはリンゼちゃんと引き続き情報取集を任せた。無茶はしないように。」
クラウスは え? というような顔をしていたが、クリスとしては、クラウスに色んな人との付き合いを経験してもらいたかった。リンゼはちょっと特殊ではあるが。
♢ ♢ ♢
クリスは街の警備隊の詰所に訴えかけていた。
薄汚れた田舎娘に扮しているが、成功しているようには見えない。覇気が有りすぎるのだ。
「どうか、どうか聞いてください! 私達の村が薬によって壊滅しているのです。どうか一度だけでも現状確認を!」
警備隊の隊長と思しき人物は、クリスを胡散臭そうに見ながら色んな考えに頭を巡らしていた。
(小汚い格好をしているが、こんな美形の女、領内の村に在れば評判が立つに違いない。只の村娘では無いな。娘というには雰囲気がなぁ。どこかの有力者のご婦人か? 俺は試されているのか? 何のために? 確かにここのところ薬物の被害が拡大しているが。まあ。元々ここはそういう土地柄だ。やくざ者の集団は必要悪として存在しているし、薬も合法ではないが黙認されている。ただ、本当に村が壊滅する規模だと見逃すことはできないだろう。しかし、この訴えは裏に何かあるに違いない・・・ よし! 他所に投げよう!)
彼は、思考している間、その娘の美しいエメラルド色の目をじっと見つめていたのを、今更のように気付いた。
彼は慌てて視線を切ると咳ばらいをして言った。
「え~、コホン。すまないが、ここは街の警備隊だ。外の村のこととなると所轄が異なる。訴えは領の騎士隊でしてくれ。領都の騎士団の方がいいが、街の騎士隊でも受け付けてくれるだろう。ただ急ぐなら領都に行った方がいい。紹介状を書いてやる。」
そう言うと、彼は急いで一筆したためクリスに渡す。
「ご丁寧に、ありがとうございます。それでは急いで騎士団に訴えに参ります。あ、それからお耳に入れたいことがございます。とある屋敷に薬の売人の出入りがあるとの情報があります。」
クリスが隊長にその屋敷の場所を教えると、彼は不自然に固まった。
(やっぱり、この女、只者じゃねぇ! 厄介ごとを持ち込みやがって! しかしエラムサ様が関わっているとなると、只じゃすまない。警備隊としても慎重に動かねば。それにしても、何のために俺にそんな情報を与える? やっぱり何か試されているのか?)
再び思考の中に埋没する隊長だったが、クリスが挨拶してきたので我に返り、何気ない顔で娘を送り出した。
クリスは思った。
(どうやら、警備隊が加担している様子は無いみたいだな。組織ぐるみという訳でもないか。次は騎士団に行ってみるか。領都はそう遠くないし。それにしてもこういう演技はエレノアだったらもっとうまくやるんだろうなぁ。)
エレノアの舞台での演技は見たことがある。感動的だったので、自分もやってみたいと思ったことがある。なかなか機会が無いが。さっきは少し楽しかったと頬を緩めるクリスだった。
♢ ♢ ♢
ミラはもう一度、あの時に追いかけた少年に遭いたかった。そこで、件の商家で待っていればまた遭えるのではないかと、皆への報告そっちのけで張り込みを続けていた。
ミラにしては珍しい拘りぶりだ。自分自身のその行動に対してフッと笑みを漏らし、そのことにミラは驚いていた。
勿論、ただ張り込んでばかりではない。薬草の入手ルート、商家からの流通ルート、取扱量、取引先等、その商家に関わる情報は粗方洗い終えていた。
(しかし、ガリア王国に流してるとはね。何がしたいんだろう? あとは領主の右腕と言われているエラムサが黒だなぁ。)
薬草の入手はエラムサが手を回して、港町の検疫を抜けているようだった。実行はコルザチオという、国のはみ出し者を集めた暴力を生業にする組織。そして、この商家は昔からコルザチオの傘下にあった。船を出して火山島ティアマガルアまで薬草オーパを買い付けに行っているようだ。
ミラは少し考え事をしていたが、空気が揺れたので周りを確認した。
(来た!)
自分の予想が当たってミラは嬉しくなった。
かの少年はフード付きマントで体を隠し、商家の中を伺っている。偵察や潜入にしてはお粗末だ。素人なのは明らかだ。
ミラは背後から気配を消して近づき、そっと羽交い絞めにして口を塞いだ。
いきなり背後から襲われた少年は、びっくりして暴れた。ミラはそれを当然予想していて対処していたのだが、意外にも少年の力は強かった。
ミラは少し慌てたが、なるべく優しい声で少年の耳元で囁きかけた。
「大丈夫よ? 私はキミとお話がしたいだけなの。音を立てると気付かれるわ。」
そしてミラが少年の目を覗き込むと、少年はハッとして、急におとなしくなった。
ミラは少年が落ち着いたのを見て、その口を塞いだ手を外し、にっこりと微笑みかけた。
「ちょっとここを離れましょ?」
ミラが囁いて手を出すと、少年は意外にもおとなしく手を差し出して来た。
手を繋いで、そっと大通りまで出ると、途中の屋台で飲み物を買い、静かな公園まで歩いた。
少年はその見事な銀髪を隠すようにフードを被っていたが、街中では逆に目立ってしまう。
見たところ、年の頃は見た目のミラと同年代。目線は少し上か。
ベンチを見かけたミラは少年をそこに誘い、座るように促した。
そこまで少年は一言も発さず大人しくついてきた。緊張しているのだろうか。
(いきなり後ろから羽交い絞めにされたんだもの。仕方ないよね。)
ミラは飲み物を渡しながら、安心させるようににっこり笑いながら問いかけようとしたが、逆に少年が勢いよく迫って来た。
「あのあの! ムギはあなたに会いに来たんだ!」
「え?」
「あそこにいたらまた会えるんじゃないかと思って!」
ミラはその勢いにたじろぎながら、その声に驚き、そのまま問い返した。
「ず、随分かわいい声ね。女の子だったの?」
少年?は、ハッとして顔を赤くし、もじもじとした。ミラはそれを見て思わずかわいいと呟いてしまった。
「コホン・・・ 私はミラ。キミと同じで、キミに会いたかったの。で、あそこで張り込みしてたのよ。」
「わたしはムギ! あなたも一緒? いろいろ訊きたいことある!」
なかなか勢いのある子だ。そして距離が近い。ミラはこれまで周りにいなかったタイプのムギに圧倒されながらも会話を試みた。
「私も訊きたいことがあるの。キミは何者なの? つばさを持つ人なんて見たことも聞いたこともない。」
それを聞いて、ムギが勢いよく更に間を詰めた。
「ムギもそれ訊きたかった! あなた翼が見える?」
ムギは言った途端、その翼を広げて見せた。
「わあ!綺麗。 じゃなくって! こんなところで広げて人に見られたら!」
ミラは一瞬見惚れたが、すぐに我に返って慌てて周囲を見渡した。
「大丈夫。これは誰にも見えない。だからあの時、翔んだムギをすぐに見つけたあなたに驚いた。ひょっとしたらムギの翼が見えるんじゃないかって。 そしてあなたに興味を持った。店の人じゃないみたいだったし。 ねえねえ。これ見てどう思う? ここら辺の人は持ってないみたいだから。気になって。」
ムギは顔を赤らめ、空よりも青いその目をキラキラさせながら勢いをそのままに迫ってくる。
「ねえ。キミのつばさ、触ってもいい?」
ミラは触ってみたい欲求に逆らえず、ムギに訊ねてみた。
「え? たぶん触れないと思う・・・けど。」
するとムギは更に顔を赤らめ、暫くもじもじしていたが、小さく頷いた。
「とても綺麗なつばさね。キミの髪と同じ青みがかった銀のつばさ。手触りもすてき。柔らかい。あの時は本当にびっくりしたわ。追いかけっこの途中で急につばさを広げるんだもの。そして消えた。見上げるとキミが浮かんでた。この世のものとも思われないほど綺麗。見惚れたわ。」
ミラがその翼を優しく撫でながら語っていると、ムギの方からヘンな声が聞こえる。
「あっ、ありがとう。あなた、触れるんだね・・・ んっ! 街中で広げても人は透過しちゃうっっんだぁ。き、綺麗って言ってもらえてとても嬉しい!」
「あっ! ごめんね! ひょっとしてキミのつばさってちょっと敏感なトコロなのかな?」
ムギの反応に気付いたミラはちょっと慌てながら身を引いたが、ムギに抱き着かれた。
「ちょっと少しこのままで。顔を見ないでね。」
ムギの上気した頬がチラッと見える。ミラはちょっと驚いたが、少し反省しながらムギの頭を撫でていた。
少し落ち着いたところで、話を再開した。
「ムギの種族は天人って、自分たちでは呼んでる。火山の島、ここではティアマガルアって呼ばれてるけど、みんなはそこに住んでる。昔は人とも交流があったみたいだけれど、いい目には合ってなかったみたい。ティアマガルアに引き籠ってしまって長い時間が経ってしまった。」
ムギが言うには、自分は昔から変わり者で、島の平穏な生活より変化を求めて、半ば家出同然に海を渡って来たらしい。そんな変わり者は前代未聞だそうだ。
ある頃から島に生える草が、こちらでは希少な薬草として需要があることが分かり、交易品として卸すようになった。
世から避けるような隠遁生活を求める天人と言えど、多少は豊かな生活をしたい。
しかし、最近になって、その薬草が違った使われ方をするようになってきた。ムギが気付いた頃には麻薬の原料として流通していたのだった。
そしてそれに伴い、需要はうなぎのぼり。島の天人たちはさぞ喜んでいるだろう。
「多分、島のみんなは知らない。普通においしい野草だと思ってるから。ムギですら、つい最近気づいた。普通の人にとっては危ない薬になるって。この前も少しでも減らそうとして草を奪って逃げたところをあなたに追いかけられたんだ。」
「そっか。頑張ってるんだね。実は私もこの麻薬騒動を鎮めたくって、いろいろ調べてたんだけど、取引の拠点としてあの商家を突き止めたところでキミに遭ったのよ。」
それを聞いたムギは、その特徴的な目をキラキラさせて、ミラの手を握って来た。
「やっぱり? 思った通りだった。ムギにも手伝わせて! 何とかしたい!」
「島の仲間に何とかしてもらえないの? 薬草を売らないように説得とかできない?」
「連絡する方法がない。だから島のみんなは何も知らないはず。海を渡って知らせるにしても船に乗るしかない。連絡ついてもわたしの言うこと訊くかどうかわからない。あ、ムギの翼はそんなに遠くまではこの体を運べない。」
話の途中で、ミラが翼を見つめているのを見て、ムギはあわてて付け足した。
「そっか。だいたい分かったわ。私は仲間と一緒に行動してるの。一緒に来てくれないかしら? 私達にもキミが是非必要だわ。」
そうして、ミラはムギの手を取って、ベンチから立たせた。
(あら~ やっぱりボクより背が高いな。さっきまでは幼い感じだったけど、こうしてみると凛々しい感じじゃない?)
ミラは若干混乱してムギに話しかけた。
「ねえ。もう一度訊くけど、キミって女の子だよね?」
それを聞いて、ムギは困った顔をした。
「この声のことでしょ? 街の知り合いからはしゃべらない方がいいよってよく言われるんだ。」
答えになってない答えを聞いて、自分自身のことで身に覚えがある感情を汲み取り、深く突っ込まないようにした。
「心配いらないよ? 今から行ける? 準備があるなら付き合うよ?」
ミラは安心させるように、にっこりとムギに笑顔を向け、ムギも笑顔で答えた。
「大丈夫。行く。」
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