第6話 今更ヨリを戻そうなんてもう遅い
腕組みをして俺を睨みつけながらアンジェラが俺の方に近づいてくるので、警戒しながら声をかける。
「俺に何の用だ?ポルクスは医務室だぞ」
「……違うわ、アンタに用があってきたの。いったいどんな卑怯な手を使ったのよ」
何のことを言っているかと思ったらさっきの勝負の事か。それなら糾弾される謂れもないし最初から俺の能力はアンジェラには説明していたので今更感がある。
「何も?最初から俺のスキルがああいうものだって説明しただろ。魔力に関係なくああいう事が出来るんだよ」
そう言って高等部入学の儀の時の事を指摘すると俺が話した事に思い当ってバツが悪かったのか、悔しそうに歯噛みしながらぐぅっ、と唸り声をあげている。
「はぁ……?!あれがあんたの力だっていうなら最初からしっかり説明しなさいよ!あんたがあれだけ強いなら婚約相手を変えるなんてこともしなくてすんだじゃない!!」
「いや、説明してる間鼻を鳴らして馬鹿にし続けて聞き流しただろ……結構懇切丁寧に説明したよな。その時も魔力5のゴミ呼びして聞く耳もたなかったじゃないか、なんで俺が責められるんだよ」
「うっさい、そもそも私をもっとしっかり引き留めてたらこんな状況になってないでしょ!!そういうのはあんたが全部悪いのよ!言い訳するなんて……あんたって本当に最低のクズね!!」
そんなどこぞの姫騎士みたいな台詞を言われても困るし、俺としても今更あれこれ言われてもどうしようもない。
一緒にいた時間が長い分愛情もあったけど掌返しされちゃってそれなりにショックもあったんだ……頑張って前向きに切り替えただけで。なので今更こっちに来られてもなぁ。
「わけがわからないよ……っていうかもういいだろ、俺の事は放っておいてくれよ。
俺だってお前に対しては色々と複雑なんだよ。
別にポルクスも魔力高いしレアスキル持ちなんだから成長したらひとかどの男になるだろ、婚約者だって言うならポルクスの事を気にかけてやれよ」
10年以上一緒にいた幼馴染なのでそりゃ憎からず思っていたし、掌返しされて悔しい気持ちやあっさりポルクスに手を出された事に思う所だってあるわけで。
とはいえ今更どうにもならないし、婚約は家同士の結びつきのための事でもあるので、俺が廃嫡されたんだから仕方ない事だ―――と飲み込んだので俺はさっさと思い出にしてしまいたい、どうか思い出の中で大人しくしていてほしい。
「えぇ?あのゲロ男を気に掛ける?嫌よ……それよりあんたが“王族専従騎士(ロイヤルガード)”になった事を手土産に嫡子に戻ればいいでしょ、そうしたら私とまた元通りで解決するじゃない!」
俺の言葉にフフンとドヤ顔をしながら、良い事を思いついたという様にそんなことを言うアンジェラ。……何言ってるんだコイツと素で呆然としてしまうが、そんな俺の様子を無視して意気揚々としゃべり続ける。……こいつが此処に来たのはこれが目的だったのか。ポルクス見限られるの速すぎ、というかアンジェラ俺に対してもポルクスに対してもころころ掌返ししすぎでしょたった2日間の間に掌がドリルみたいに一周してるんじゃが。
「なんだ~あんた私に未練タラタラだったんだぁ~、そうよねあんたには不釣り合いな位私可愛いもんねぇ~?
そう、それならあんたが嫡子に戻って私と復縁すればいいのよ!
あんなゲロ吐き男より王族専従騎士の方が私に相応しいしね。
あんな風に皆の前で汚物まみれになってやられた奴が婚約者だと私の学園生活も未来も躓きっぱなしだもの。それよりも出世が約束されてるあんたが婚約者に戻った方が都合がいいしね、別に顔ならアンタもポルクスもそう変わらない良い顔だし」
何勘違いしてるんだ別に未練はないぞむしろさっさと忘れてしまいたいんだけどォ?!それより先に気になる言葉があったので反応する。
「ん?いや待ってくれ、ツッコミ所の前に王族専従騎士ってなんだ?俺はドーブルス王子と友誼を結びはしたがそんなものになった覚えはないぞ」
「ハァ?あんたバカァ!?あんたが腰からぶら下げてるその剣は王位継承権を持つ者が国王陛下から下賜される、王族ごとに1振りずつ存在する“自分の名前を含んだ名を持つ名剣”よ?
それを持つということはただの主従とは違う、その王族の専従騎士になった証で並みの貴族よりも地位も権威も与えられるのよ?……そんな事も知らなかったの??」
「初耳だ」
というかドーブルスもそんな説明してなかったしな。あの様子だと普通に一番いい武器を持ってきたぞ!!ものまねみたいワクワク!ぐらいしか考えてなさそうだったりもする。そうかー、だからポルクスがこの剣に固執した理由がわかった。
「そんなんだから魔力5のゴミなのよ。いいわ、これからは私が婚約者に戻ってあんたを躾けてあげる。ふふ、これで私も専従騎士の婦人ね!!」
「断固辞退する」
俺の頑なな様子に、思い当ったような顔を浮かべて俺を侮蔑して鼻を鳴らすアンジェラ。
「何で?!幼馴染でしょ私たち!!―――あぁ、私がポルクスと寝た事を気にしてるの?小さい男ねぇ、それはあんたが手を出さなかったから悪いんでしょ?あんたが私をしっかり繋ぎ止めておかなかったからこんな事になったんだから自業自得なんだからね、つまりあんたは責任を取って私を妻にする義務があるわけ」
「待てその理屈はおかしい。あと幼馴染ってのは好き勝手していい免罪符じゃないんだぞ」
アンジェラは一人娘故に親に駄々甘やかされていたので自分に都合が良いように開き直るところがあったが、今まさにそのモードで確変入ってるわこれ……話が通じませんね!
アンジェラの中で婚約破棄はなかったものにして俺とヨリを戻すことが前提で俺に言いくるめをしようとしているが、俺はお断りなので困る。
ポルクスと寝た云々さておいても、好きだった分雑に扱われて冷めたところもあるのだ。
少なくとも俺にはもうアンジェラと一緒になろうという考えはもうない、ボロクソにこきおろされた相手と復縁は無理ッスよアンジェラさんや。
「ここにいたのね、カストル殿」
アンジェラをどう追い返すか悩んでいたところにかけられた声に振り向くとヘイゼルがいた。そういえばポルクスに絡まれてた時もこんなことあったなぁ。
「あら、貴方はクレテイユ家の―――アンジェラさんでしたわね、ごきげんよう」
「……ヘイゼル様」
話に割って入ってきた相手が自分より家柄が上の人物だったのでアンジェラが礼をする。
「お話の最中にごめんなさい。カストル殿、少し良いかしら?」
そう言って俺の傍に来るヘイゼル。笑顔だが有無を言わせない態度で、アンジェラに対して無言の圧をかけている。ヘイゼルとアンジェラの間で何かみえないものがバチバチと飛び交っているのを感じてぶるるっ寒気を感じて震えるが、家格には勝てないのかアンジェラは無言で頭を下げて引き下がった。
「ご免あそばせ。……さぁ、行きましょうか」
そう言って優雅に俺に腕を絡ませてエスコートを促すので、それに応じながらアンジェラに背を向けて歩き出す。
「―――“出来そこない”のくせに」
去り際、アンジェラが悔しそう小さく呟いていたのが聞こえた。わずかに振り返って様子を見ると少し顔を上げたアンジェラがヘイゼルを睨んでいた。
ヘイゼルは聞こえないふりをして無視していたが、その言葉にヘイゼルの顔が一瞬苦しそうに歪んでいたのがみえた……俺じゃなきゃ見逃しちゃうけどね!
きゅっと唇を結んだのも一瞬、ドーブルスによく似た優し気な笑みを浮かべて俺の腕を引くヘイゼルに促されてその場を後にできた。
どうやらこの子に助け舟を出されたようだ……だがそのせいでヘイゼルはアンジェラに何か傷つくことを言われてしまった。でもね、そんな顔をみせられたら首突っ込んじゃうんだよ……友達の妹だしね!
――――知らなかったのか?俺は結構お節介なんだぞ。
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