第117話 Believe(17)

「私のことを・・好きだから、ではないのですね。」



詩織は今の千崎の言葉をそう理解した。



全ては『千睦流』のため。



そんな気がした。



すると彼は少し慌てた様子で



「そんなことは。 もちろん・・詩織さんのことはずっと、ずっと・・、」



恥ずかしそうにうつむいた。



「・・家のこともきちんと考えなくてはならないこともわかっています。 でも・・今はそういうことは考えられません、」



詩織は弱々しいながらもしっかりとそう言った。



「まだ・・ずっとあの男のことを思っていくつもりなんですか、」



その質問には答えられなかった。



彼以外の人とつきあうだなんて



今の自分には全く考えられない。



でも。



いつかは



そういう選択が必要な時がくるかもしれない・・



詩織はふっとそんなことを思ってしまった。



『千睦流』のため



それがこの家に生まれた自分の運命なのかもしれない。



詩織はそっと目を閉じた。





拓馬は電気工事士の資格の試験を受けた。



「たーくん、ちゃんとテストできた? だいじょうぶ?」



帰りに志藤家に立ち寄った拓馬はななみに心配された。



「どーかなァ。 昔からテストは苦手だったからな~~~。 いつも先生に怒られてた、」



拓馬は笑って彼女の頭を撫でた。



「一生懸命頑張ったから大丈夫よ、」



ゆうこが紅茶を淹れて来た。



「たーくん、かみひこうきつくって、」



涼太郎がチラシを持ってきた。



「よし、すっげえ飛ぶやつ作るからな、」



隣の和室に移動したあと、彼の荷物に雑誌が乗っているのを見つけた。



ゆうこが何気なくそれをめくっていくと



『美人若手華道家に注目』



と、詩織が特集されているのを見つけた。



着物姿で美しく微笑む詩織が見開きで4ページにも渡って特集されている。



もちろん拓馬もこれを見たのだろう。



いったい



どんな気持ちで。




2週間後、再び父は治療のため入院をした。



この頃は食欲があまり出ず、ひとまわり小さく見えるほど痩せてしまった。



拓馬の現場についていったりはしていたが、帰って来るとガックリと疲れきっているのも傍から見てもわかるほどだった。



あまりムリをしないようにと妻に言われても



頑として聞き入れず、一日も休まずに拓馬の現場を監視しに行った。



「ムリをなさったんじゃないですか? まずはゆっくりして体力をつけないと、」



診察に来た医師は聴診器をしまいながら言った。



「・・じっとしていられる性分じゃねえもんで。 で、先生。 今度はなんの治療なんですか、」



そばにいた母は一瞬ドキッとした表情で振り返る。



「まだ膵臓の機能が回復していないので。 前回と同じ点滴の治療です。 少しつらいですけど苦しかったらナースコールをしてください、」



こういう患者をたくさん扱ってきた医師は



何でもないように笑顔でそう言った。



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