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谷合一基生

第1話 ミステリーの予感!?

 水に濡れ重くなったブラウスが茶髪の女の身体に纏わりついている。女は水の中でゆらゆらと振動しながら月明かりに照らされて暗闇から現れたり消えるので、本当に現実としてそこにいるのかどうか定かではない。水面に浮かぶ黒くて重い大木のようにも見えるのだ。しかし確かに冷たいのだ。


 大学生の失踪事件。これは小説ではよくあることだ。考えられるシチュエーションはこうだ。美男美女の大学生カップルは非常に仲睦まじい日々を送っていた。それはほんと皆に嫉妬されるほどにね。しかしある日、彼氏である男子大学生は友人から彼女が浮気をしているのではないかという情報を得る。彼氏が彼女の動向を調査したところ案の定浮気をしていた。しかもその相手が親友ではないか!彼氏は彼女を心の底から信頼していたために、その裏切りに対しての憤りの感情も凄まじく親友共々殺害して海に捨ててしまった。

 「けどその彼氏は彼女のことを信頼していたんだよね?」 

 「それなら何で調査なんかしたんだろう。」

 私立高校、部活棟の一室。学校中のあらゆるガラクタに押しのけられ追い詰められた会議テーブルには二人の生徒が座っていた。

 「えぇい、人の想像話に水を差すでない!」

  今は冬、外も寂しく静かだが、唯春と俺しかいないので部室の空気を埋めるのは石油式ストーブの低く荒い音だけだった。

 俺はこの静寂を葬り去るために語るのだ。

 「なーぜなら、恋心はそういうものなのだ。」

 「恋人と言っても所詮は他人、信頼という言葉で猜疑心を包み隠しているにすぎない。」

 「サイギシンー?将臣ってよく難しいのばかり使うねぇ。」

 唯春は呆れたように眉を曲げる。

 「そんなことよりお前も小説を書いて部に貢献するのだ、何せこの部は俺とお前しかいないのだからな。」

 「そんなこと言ったって私は将臣みたいに想像力豊かじゃないので無理ですよー」

 「そもそも部を作ったのは正臣でしょ?自分で俺は創造神だ!みたいなこと言ってたし。」

 痛い所を突く!そうか、唯春は乗り気ではなかったな。事の経緯を話せば、この部は俺が入学早々無理やり作ったものだ。教師に頼み込んで、部長以外に最低二人という部員数を満たせば部が発足できるという訳の分からない緩すぎる規定にこぎ着けたのだ。

 入学したばかりで知り合いもいない、このままでは部活創設という夢が失われる!そんな時!教室の隅でつまんなそうにしている文系オタク女子がいるではないか!多分つまらなすぎて人生にぜんぜーん満足していないと見受けた!よし行こう!もう一人は何とかなる!

 そうやって引き入れた冴えない女子生徒が唯春である。こんな文句ばかり言うグチグチな女だとは思ってもみなかったが。ちなみにもう一人の部員は部活顧問の原山が数合わせとして所属することとなった。そんな馬鹿なことがまかり通るのか?それがこの学校だ。

 「このまま二人とも何の成果も出さずに二年生を迎えると廃部だぞ?分かっているのか。」

 「けど私そもそもここが何の部活か知らないし、正臣が勝手に連れて来たんでしょ?」

 「ここに名前さえ書いてくれればそれでいい、とか言って。覚えてないの?」

 あぁ、そう言えばそうだったな。というか面倒な女だ!まだそんなこと覚えていたのか!

 「こ・こ・は!ミステリー事件小説探究部だ!それくらい覚えておけ!」

 「じゃぁ略してミステリ研だね。」

 なんだと! 

 「それでは他の平凡な学校のミステリー研究部と同じになってしまうだろ!」

 そんな会話が行なわれていた時、勢い良く部室のドアが開け放たれた。

 「おうお前ら!良い報告と悪い報告がある。どっちからがいい。」

 あっけに取られている俺たちの前に満面の笑みで部活顧問の原山喜利が現れた。

 「な、なら良い方で…….」

 「おう!なら悪いほうからだ。」

 原山の顔から笑みが消えた。

 「非常に重大な問題だ。もう俺は当分ここには来れないかもしれない。」

 ?

 「また、それは何ですか。」

 「それはな……」

 「校長先生の野郎に授業中にサボってることがバレたからだよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 これには唯春も呆れて窓の外を眺めだした。

 「そんなことより、良い方は?」

 「そんなことよりってお前ら俺に対して感謝が足りないんじゃないか?」

 「ま、まぁ、良い方っていうのはお前らの実績に繋がることだ。」

 唯春も窓のほうから向き直って、興味を持ち出した。

 「というと?」

 「有名なミステリ小説家の先生がお前らのために来てくれるそうだ!」

 「笹島薫先生だ。」 

 な、なににぃー!

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