第3話 紀元前1世紀、古代ローマの奴隷

 21世紀の日本の車には車検制度があるように、奴隷も証文制度があった。奴隷は、公証奴隷市場でローマの行政府発行の値段入り証文付きで売っている。彼女彼らを転売すると、技量と年齢で値段が変わってくる。それで毎年証文を書き換える。そして、彼女彼らを開放する(解放奴隷にする)と、最終の証文の5%を払って、自由人になる。さらに、彼女彼らが金を積むとローマ市民権が取得できる。


 奴隷は、買う場所売る場所でも価格が違った。


 例えば、エジプトの砂漠地帯のオアシスの村の子どもたちだとこうなる。


 奴隷商人が、オアシス村の若い男女は買おうと言う。村の長(おさ)が、各家族に言って、50人ほどの12~18才くらいの子たちを連れてきた。利発そうで性格の良い子を選ぶ。子供たちを選別して、女の子8人、男の子10人。ラクダを9頭を購入すると村の長(おさ)に言った。


 奴隷商人が、ラクダ込みでデナリウス金貨54枚(約270万円、15万円/人)でどうだ?と言う。村の長(おさ)が、旦那、それは殺生だ、100枚(約500万円、28万円/人)はいただかないとと言う。だいたい、相場の4分の3と相場の3分の4から値段交渉が初まる。お互い上げて下げて、75枚(約375万円、21万円/人)に落着。


 アレキサンドリアから百数十キロのオアシスの村で買った、躾も訓練も何もしていない12~18才くらいの子供たちの原価(売値)が平均約金貨4.2枚(銀貨105枚)、21万円。


 この奴隷たちが流れ流れて、年季を積み、アレキサンドリアやフェニキアまで持っていくと、一人金貨10~30枚になっていくのだろう。ローマの貨幣が流通したから、奴隷商売も活発になった。物々交換なんてしていたら、支払いに困る。


 さて、女奴隷。このお話では、ハレムの女奴隷、小作人一家の女奴隷、娼婦などが出てくるが、前二者は娼婦と違う。前二者は車検通過済み、ローマの行政府発行の値段入り証文付きだ。娼婦は奴隷とは違う。


 娼婦の種類は、


 ◯ 売春宿で働く娼婦:宿の主人から僅かな給料をもらい、一晩に何人もの男を相手に春を売る給料制娼婦や独り立ちした娼婦が売春宿の一室を間借りし、主人に客を斡旋してもらう娼婦。

 ◯ 街娼:街で客を引っ掛けるストリートガール。自分のねぐらに近い場所や、客が釣れそうな場所にたむろし、道行く男たちに声をかけて稼ぎを得ていた。

 ◯ 宿屋や居酒屋などで働く娼婦:宿屋や居酒屋のウェイトレスをしながら客を引く、いわゆる兼業の娼婦。ときには宿の主人の妻が、娼婦として店に出ることもあった。

 ◯ 高級娼婦:上流階級の男たちを相手に商売をし、歌や演奏、踊りなどの芸事をする娼婦。日本の芸者みたいなもの。営業をかけてくれる娼館の女主人たちと連携して、裕福で権力を握る男たちを紹介してもらうこともあった。高級娼婦のなかには、一晩や一回といった単位での支払いではなく、月単位や年単位で客と契約を交わすものもいた。


 なぜ娼婦が女奴隷とは違うのかというと、毎日の売春行為の回数によって、体の疲弊度が違い、ローマの行政府発行の値段入り証文が発行できないからだ。売春行為1回の値段なら設定できるが、どれだけ体を酷使しているかなど、ローマの行政府が判定できるわけがない。ローマ時代の平均寿命が30歳と考えると、ロリコンから20歳代のアラサーぐらいで、熟女など存在しない。21世紀の日本の熟女の年齢では、ローマ時代は老婆になってしまう。


 どんな人間が娼婦になるかというと、


 ◯ 奴隷:娼館の経営者が奴隷市場から見た目のいい女性を買って娼婦にする、娼館の経営者自体が奴隷商人で、彼らが仕入れた奴隷を教育し、働かせる。戦争捕虜や海賊などから誘拐され売り飛ばされる人間が奴隷となる。市民権を持つものも落ちぶれて奴隷となる場合もある。

 ◯ 捨て子:ローマでは女子の捨て子が多かった。娼館の経営者は捨て子の中でも丈夫そうな子を選び、拾って教育を施した後に売春宿で働かせた。

 ◯ 解放奴隷:女性の解放奴隷が自立するために売春宿で働く、というタイプ。古代ローマでは女性の職が少なく、稼ぎも大して期待できなかった。娼婦の収入は現代のパパ活みたいなもの、股を広げているだけで楽して儲かった。

 ◯ 街娼:夫に先立たれて生活苦から娼婦に身を落とすパターン。苦しい家計を支えるために、母が娘に売春を勧めることもあった。このような親子は貧民街に住む人々だった。


 娼婦になるための教育は、


 ◯ 楽器の演奏

 ◯ 化粧などの身なりの整え方

 ◯ 男たちの口説き方

 ◯ 金の巻き上げ方


 など、現代の銀座のホステス、キャパクラ嬢や芸者と同じ。


 ローマ市に45ヶ所の国家公認売春宿があった。ポンペイは娼婦の街としても有名だった。政府黙認の売春宿が745ヶ所あった。その一つが理髪店に付随していた。髪を切った客が、ついでに娼婦を買っていく、ということもあった。


 どの売春宿も、夕方近くになって開業した。どう娼婦を買うかというと、


 ① 品定め:売春宿の部屋を覗いて、娼婦たちの品定めをする。娼婦は、自分に割り当てられた部屋で、通行人から見えるような位置に立ったり座ったりして客を待つ。江戸時代の吉原など遊郭と同じ、通行人から遊女が格子越しに確認できるみたいなもの。オランダの飾り窓の女もそう。

 ② 娼婦の指名:品定めして気に入った女が決まる、またはなんとなくそれが目的で客が売春宿に入ると、宿の主人は娼婦たちを何人か連れて、客の前に並べる。

 ③ 娼婦の部屋に入る:料金は前払い。一晩に10人以上相手する娼婦もいた。250円とか500円1発では、30日、毎日10発商売しても、月に7.5~15万円しかならない。しかし、月300発やられると死ぬでしょう。

 ④ 公共浴場:公共浴場では、客が脱いだ服の見張り役に奴隷か解放奴隷を雇う。彼女らは娼婦。江戸時代の銭湯や湯治場の垢すり女みたいなもの。


 つまり、娼婦は、奴隷、解放奴隷、捨て子や零落した人間が営む商売で、最下層。娼婦の経歴があると結婚するにも制約があった。


 娼婦だった売春歴があったとしても、ローマ市民権を取得すればそれは自由民の女性、ローマ市民の男性との結婚は認められていた。しかし、元老院議員は別。ローマ社会の最上層に位置する身分だから、品行その他を汚すことは許されない。元老院議員は体を売った経歴のある女性、あるいは先祖に娼婦のいるものとは結婚できなかった。

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