水たまり
JiN
第1話
「水たまりには、海に匹敵する魅力がある。」
友人が演説を始めたとき、給食室にほど近い教室に香りが立ち込めてきた。今日の給食はカレーだ。
…
もはや行事になりつつある、お昼前の国語の時
間。数ヶ月前の作文の授業で、彼は自身の才能に気づいたのだろう。先生に掛け合い、己の主義主張を詰め込んだ作文用紙を教卓に広げる権利を獲得していた。そうして始まった初の演説では、授業時間の短縮を謳いクラスの心をつかんだ。彼の巧いのは批判を許すところで、
「授業の進みが遅くなるので困ります。」
という委員長に対して、
「先生の労働時間は減らしません。」と応える。
先生が肩を落としため息を付くと、どっと笑いが起こった。
彼が主張を実現すると考える者は皆無だが、それでも、かれの演説の心地よさはクラスの全員が認めていた。たまにトンチンカンな事をいうが、ふざけた様子は感じられない。彼の姿勢、声の抑揚、瞳は、真剣そのものだった。
そして心地よい国語の授業が終わると、給食が始まる。この日の談笑は決まって彼の演説の話で持ちきりで、あの返しは最高だったとか、先生が可愛そうだとか、それぞれ意見を交わし合った。教室の最前列よりも前に立った日の彼は英雄で、だから彼が給食の余りのプリンに手をつけるのは自然なことだと、クラスの全員がみなしていた。彼は争わずしてプリンを手に入る。
そう、彼には平和的にプリンを手に入れる才能があった。
…今日の給食はカレー。カレーの日はデザートは無く、飲むヨーグルトが出る。彼の苦手な飲み物だったはずだが。
彼の好物が出ない日の演説は今日が初めてだ。クラスの半数以上がその事に気づき、訝っている。
水たまり、海、魅力
ノートに書いたメモを観る。面白い話が聴けそうだ。
水たまり JiN @jin_nij
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます