第32話

色とりどりなバスケットの中からチョコドーナツとオレンジジュースを注文する。受け取ってから席に戻ろうと踵を返すと、深瀬先輩がうちの学校ではない制服姿の女の人と話しているのが見えた。近づいていくうちに、胸がなんだかザワザワしてくる。

「力は忘れっぽいね。私ここが最寄り駅って言ったじゃん。」

「そうだっけ?ごめんごめん。」

「力」という呼び方にさらに胸がざわつく。鈴木先輩が「力ちゃん」と呼んでいるのを聞く時とは全然違う。立ち尽くしている私に気づいた深瀬先輩が手を振ってくれたので、少し気まずいけど深瀬先輩の向かいに座る。ちらりと深瀬先輩と話していた女の人の顔を見上げると、不思議そうな顔をしていた。とてもきれいな人だ。髪もツヤツヤサラサラで、整ったメイクのせいか大人っぽく見えた。

「美恋ちゃん。塾が同じの同級生なんだ、今偶然会って。」

「私、斎藤璃々さいとうりり。」

「あ、梨野美恋です。こんにちは。」

「力の後輩?」

「はい、調理部で。」

「へえ、休日も会うなんて仲良しだね!もしかしてさ、力の彼女?」

「そうだよ。だから今はデート中。」

私が答えに困っていると、深瀬先輩がさらっと答えてくれた。それを聞いた斎藤先輩は一瞬面食らったような顔をした気がしたけど、すぐに口角をあげた。

「…ふーん、そうなんだ!じゃあまたね、力!」

そう言うと斎藤先輩は深瀬先輩に手を振ってから、踵を返して駅の方へ向かって行った。

「じゃあ今度は俺が買ってくるね。ちょっと待ってて。」

「は、はい…。」

1人になると、胸のざわつきが加速してしまう。親し気な2人の姿を思い出してモヤモヤする。これがよく小春の彼氏がするという嫉妬というものだろうか。ぐちゃぐちゃ考えていると、深瀬先輩が戻ってきた。手にはアイスコーヒーとパイを乗せたトレイを持っている。

「さっきは急に斎藤がごめんね、俺もいきなり話しかけられたから驚いちゃったよ。」

「…いえ。とてもきれいな方でしたね。」

「そうかな?俺にとっては美恋ちゃんが可愛いけどね。」

「あ、ありがとうございます。」

ドキッとする深瀬先輩の言葉で、モヤモヤしすぎてさっきまで味があまりしなかったチョコドーナツが急においしく感じる。深瀬先輩の言葉はほかの人にはない力を持っている気がする。

それぞれ軽食を摂り終えると、映画館に移動するちょうどいいタイミングになったのでフードコートを後にする。ごみを捨てて両手が開いた途端にさらっと再び手を繋がれ、私の心拍数はまた上がる。まさか言葉通り今日はずっと手を繋ぐことになるとは。緊張を上回る嬉しさで顔が緩んでしまうのを何とか抑える。

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