第28話
「あれ、先生いないのか。とりあえず冷やすものもらいたかったんだけどな…」
深瀬先輩が『職員会議中で外出しています』という札がかかった保健室のドアの前で立ち尽くしながら言う。私もすっかり保健室でやけどを冷やしてもらう気でいたから弱っていると、深瀬先輩が自分のジャージのポケットをまさぐっている。不思議に思っていると、1枚の透明なビニール袋をポケットから取り出した。
「簡易的なごみ袋に使うためにいつも持ってるんだ。まだこれは使ってないから、もしよかったらこれで冷やす?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
水道に移動して、ビニール袋に水を汲んで口をしっかり結ぶ。水が漏れ出てこないかを確認していた深瀬先輩が振り返った。
「これでちょっとだけど冷やせると思う。はい、どうぞ。」
「ありがとうございます…。」
「立って冷やすのも疲れるから、あそこ座ろうか。」
深瀬先輩が指し示した階段の1段目に座り、上を向いて額に水袋をくっつける。顔が火照っているからか、袋は冷たくて心地よかった。
「すみません、何から何までお世話になって。」
「いいんだよ、それに焦がしちゃったのは俺が驚かせたせいもあるしね。」
隣に座る深瀬先輩から柔軟剤のようないい匂いがしてドキドキする。口を開いたら心臓が飛び出てしまいそうな気がして、そして2人きりで誰もいない空間で何を話せばいいのかわからなくて思わず口をつぐんでしまう。沈黙の時間がしばし流れた後、緊張しているのかいつもより少し硬い深瀬先輩の声で名前を呼ばれた。
「美恋ちゃん。」
「はい?」
「手、つないでもいい?」
突然の申し出に息が止まりそうになった。今まで幾度も2人きりになったり一緒に帰ったりして同じ時間を過ごしてはいるけど、肉体的な接触はしたことがない。おまけに私はそのような経験もない。
思わず深瀬先輩の顔を見ると、いつもより頬が赤みを帯びていた。深瀬先輩もきっと勇気を出して言ってくれたのだろう。それに答えるように、水袋でふさがっていない方の手で深瀬先輩の差し出す手に自分の手を重ねた。すると、深瀬先輩が少し迷ったようにぎこちなく指を動かした後、私の指と絡ませた。私も思い切ってゆっくりと握り返す。
(心臓の音、ヤバい…。)
全身が心臓になったかのごとく鼓動を感じる。深瀬先輩にも届いてしまいそうだ。鼓動と同じくらい手汗も気になって、少し指を緩めると今度は深瀬先輩が握り返してきた。恥ずかしいけど嬉しくて、拒否なんてできる訳出来なかった。
ふと視線を感じて顔を深瀬先輩の方に向けると、深瀬先輩が優しい目で私を見ていた。何だか目を逸らせないでいると、深瀬先輩がゆっくり私に近づいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます