神の血に溺れる~Re:キャンパスライフPART2

出っぱなし

ワイン造り

 神の血、ワインはキリスト教の発展とともに世界中に広まっていったと言っても過言ではない。

 ミサでパンとワインを分け合う儀式は、キリスト教でもっとも重要な儀式のひとつとなっているからだ。


 それは最後の晩餐で、イエスがパンをとって「これがわたしの体である」と言い、ワインの入った杯をとって「これがわたしの血である」と言って弟子たちに与えたという逸話による。


 そもそも、ワインはどこからやってきたのだろうか?


 その存在は紀元前5千年頃、人類最古の文学作品『ギルガメッシュ叙事詩』で記され、メソポタミア文明時代からすでに登場している。

 さらに遡れば、東欧コーカサス地方に位置するジョージアでワインを醸造していたと思われる遺跡が発見された。

 その痕跡は、現在から約8千年前とのことが分かり、「ワイン発祥の地」と認定された。


 しかしながら、完全なるワインの起源については、まだ解明できていないというのが事実である。


 元々、ワインを生み出すブドウ自体は、人間が生まれるはるか昔から存在している。

 ヨーロッパでは、化石調査で約6500万年前から約5500万年前の地層から多数のブドウの化石が発見されてもいる。

 しかし、4900万年前に始まったとされる氷河期を耐えきれず、多くは絶滅し、これに残ったブドウが現在の祖先だろうと考えられている。


 対して、サルのような生物が地球上に誕生したのが約3000万年前、初期人類であるアウストラロピテクスに至っては高々400万年前に過ぎない。

 現生人類のホモ・サピエンスや人類史など比べるまでも無かろう?


 そう考えれば、「知られざる知的生命体による失われた未知の文明でワインが楽しましまれていた」、物書きの端くれとしてそんな空想に浪漫を感じる。


 さて、最新の研究では、40万年前および30万年前にはブドウがユーラシア大陸の西部と中央部でもブドウが生育していたことが分かった。

 現在のブドウの原種ヴィティス・ヴィニフェラはカスピ海、コーカサス地方に出現したとされている。


 ワイン造り自体は、おそらく人類の祖先が実っているブドウを食するために穫ってきて貯蔵していたがつぶれ、自然発酵して新しい飲み物ができた。

 という単純な理由だろうと思われる。

 それほどワインというのは非常にシンプルな飲み物で、ブドウがあれば作ることが出来るのである。


 しかし、ワインを造ることは非常に難しい。


 そのまま自然に任せるままに放置していたら、大概は吐瀉物のような液体になるというのが僕の見解だ。

 大事なポイントで手を加えて世話をしてあげる、子育てと同じようなものだと思う。


 ワイン醸造というものは、工夫と技術によって時代とともに進化してきた。

 様々な工程や品種によって適した醸造方法も異なり、何年もの時をかけることによってようやく生み出されるモノもある。

 それ故に、多くの知識と経験、ある種の感性が必要となってくる。

 

 長々と前置きが長くなってしまったが、今回の話は知識と経験、実践を学ぶというものだ。

 1年というブドウの生育サイクルの集大成と呼べる時期になる。

 これには多くの苦難もあるが、最も重要で何よりも楽しい。

 何かをこの世に生み出す歓び、これがワイン造りの面白さでもある。

 

 ワイン造りは「現実世界の魔法」、その魔力に魅了されていくことになる、そんな話だ。


 では、ワインと食事を味わいながら語ろうじゃないか。

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