クッキーの宝石箱

 空は柔らかなオレンジ色に彩られた頃だった。


 噴水広場から少し離れた場所にあるこじんまりとした店へ、ノランは二人を連れていった。どうやらお菓子屋さんのようだ。外から見るお店のショーウインドウには、豪華な塔のようなケーキに、今にも翼を広げ飛び立つ瞬間のような飴細工の白い鳥が飾られている。まるで生きているようだ。


 ノランが扉を開けて二人を中へと誘う。言われるままに店に入った真珠とクルックスは突如現れた別世界に絶句した。


 店は大きくはなかった。小さな黄色い木の扉を入ってすぐ、入口付近に一脚の素晴らしいアンティークの椅子と、小さな丸テーブルが置かれていた。その上に美しいジュエリーボックスが、蓋を開いて置かれている。よく見るとそのボックスは、カラフルに彩られた小さな照りのあるクッキーをタイルのように組み合わせてできていた。さらにその表面には、鮮やかで繊細な砂糖菓子が美しくも豪華に散りばめられている。そしてジュエリーボックスから溢れだすように、いくつかのアクセサリーに見立てたお菓子がそっと優しく置かれていた。


 数珠つながりになったリボンのような飴。生きている透明さを表すほどに生き生きとした金魚。白い陶器のように美しい肌理の細かいブローチ。いったいどうやって作っているのだろう。テーブルを覆う、ベールのように形どられたパリパリのベージュ色の生地がレースのように美しく、その小さくもきらびやかに美しい空間を創っていた。


 店内の突き当たりには、きちんと磨かれた四角いガラスのショーケースがあった。中には十数種類の焼き菓子、冷やし菓子、ふっくらしたもの、しっとりしたもの、サクサクしたもの、とろけるもの、もう見るだけで頬がとろけそうなお菓子たちが所狭しと並べられている。


「素敵!」

「本当ですね! いったいどうやったらこのような素晴らしいお菓子が作り出せるのでしょうか? これを作った人は天才に違いありません!」


 二人は今まで逃げてきたこともすっかり忘れて、この小さなお店に溢れる素晴らしいお菓子たちを忙しく見つめた。クルックスが入口傍に並べられていた、小さな指輪のような飴細工をそっと羽に取り、持ち上げて光に透かす。


「ポォォ~~~♪ 本当に、本当に! 美しいです」


 ノランはそんな真珠とクルックスを見て微笑んだ。


「すべて私の娘の作品だよ」


 ノランの娘さん? 二人はびっくりしてノランの顔を見る。店の奥から女の人の声が聞こえてきた。


「お客さんかい? そろそろ閉店なんだ、また明日来てよ」

「帰ったよアマル」

「ああ。お父ちゃんか」


 アマルと呼ばれた女の人が奥から店内を覗き見るように顔を出す。奥に厨房があるようだ。


「あの! こんにちは! わたしは真珠です」

「はじめまして! わたくし、カッコウ時計のカッコウ、名前をクルックスと申します」


 真珠とクルックスの二人は、アマルの顔が見えた瞬間に慌てるようにそう挨拶した。こんな美しいものを作る人。その興奮が期待を高める。しかし返ってきた言葉は二人の予想を反したものだった。


「お父ちゃん! これはいったいどういうことだい?」


 アマルの声は激しかった。ノランの隣にいるその来訪者を見て大きく口を開く。


「この町に住む人たちがどういう人たちか知ってるだろ!」


 クルックスがビクッ! っとしてその羽に持っていた飴細工を落とした。パリンと小さく音を立て飴細工の指輪が割れる。


 真珠もクルックスも怯えてしまった。


「あんたたちもわかってんだろ!? 早くこの町から出ていきな!」


 真珠は声をあげて泣き出してしまった。


「ああっ! 真珠さん」


 クルックスは自分もびっくりしたことをすっかり忘れて、なんとか真珠をなだめようとする。驚きすぎたのか、真珠の涙は次々と溢れ出してくる。



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