女王の森

 マッシュと真珠は、何日か分の食料と水、寝袋、方位磁石にランプなどをリュックサックに詰め込んで、女王の森へ入る準備を整えた。


「本当に何でもあるのね」

「フランクと旅に出てから随分長いからね。背中が広いから、いつの間にかいろいろと揃ってきてしまったよ」

「なんだか本当に大きい森だけど大丈夫かな。気をつけてね」

「ああ、また留守番を頼む」

「ありがとう。行ってくるわね」


 フランクを残して、マッシュと真珠は早速森へ入っていった。足を踏み入れてすぐに、二人は森の重厚さを感じる。何が違うのかうまく言えないが、これまでよりも木々はさらに高く伸び、空が見えないほどに茂っている。足元の土は埋まるほどに沈む。まだ日差しは高いというのに、森は明かりを遮るように薄暗い。


 マッシュと真珠は少しクイーンの森に慣れてきた。辺りを見澄ましながら進む。木々の間から漏れる光が幻想的だ。柔らかい土と、層のように重なった落ち葉をサクサクと踏みながらクイーンを目指す。


 どのくらい歩いただろうか?マッシュがそろそろランチにしようと真珠を誘い、二人は食事をとった。


「目指す方角はあってるの?」


 食事しながら真珠が訊ねる。


「ああ! 大丈夫さ。ほらコンパスはしっかり東を指している」


 マッシュは揺れるコンパスを真珠に見せた。食事を終え、再び二人は歩き始めた。


 一直線に東に向かえば目指すクイーンにたどり着くはずだ。しかしクイーンは一向に見えない。コンパスは変わらず東を指している。道らしい道はどこにもない。木々の隙間を道としてジグザグに進んでいく。


 空が薄紅に染まるまで歩き続けた。どこからか流れ込んでいるのか、森を遮る小川を見つけ、二人は少し休んで水筒に水を補給した。川の水に直接手をつけてゴクゴクと飲みながら真珠が訊ねる。


「今は何時くらいかしら。クルックスがいてくれたら便利なのにね」

「そうだな! やたらポッポー♪ ポッポー♪ と煩わしいこともあったが」

「わたくしわたくし! ってあの言葉遣いはどこで覚えたのかしらね!」

「ハハハハ!」


 マッシュと真珠はいくらでも語ることができた。二人で大好きなクルックスの悪口を言い合う。しばらく笑いが続いた。


 日が暮れるに連れ、森は薄闇に包まれていく。


「もう少し進もう」


 持って来たランプに火を灯し、二人は森をさらに進んでいった。明日は新月のようだ。月が限りなく細い。薄い月明かりの中、どこからかフクロウの声が響いている。


 木の根が作り出したトンネルをくぐり、岩肌が剥き出しの坂を登り、青白く光が浮かぶ花々の間を通り抜け、急な傾斜の坂道を登り、小さな岩が沢山転がる道を進み、蜘蛛の巣にまみれたまだ子どもの木を横切り、三股に枝分かれた大きな木の側までやって来た。


 二人は言葉を発する気力をほとんど失っていた。マッシュが無言でコンパスを確認する。女王の森の中心部はまだなのか。


「真珠。今日はここで休もう。大丈夫か?」

「そうね。きっとまだ……東なのね」


 真珠はマッシュを労わるように微笑む。マッシュは無言で肯き、リュックを降ろして寝袋を出して広げた。真珠も手伝うために荷物を降ろす。



『クイーンの森は相当深いでの。会えるかどうかもわからん』


 あの時自分はまったく気に留めていなかった。気をつけていくのだぞという言葉を今になって思い出す。どうして自分は……。思考は停止しかけている。二人は食事を簡単に済ませ、寝袋に入った。


 真珠は寝袋の中から空を見た。ひどく疲れている。森を覆い尽くすような木々の葉に隙間はない。星はおろか、期待するような夜空はほとんど見えない。


 森を照らす薄い光は厚いベールに包まれて消失していくかに思える。暗がりの中二人の寝袋だけが、森の中で異質なものと感じられた。わずかな虫たちの声が森の密かな呼吸となり、あたかも森が息を殺し二人を品定めしている――真珠にはそう感じられた。


 今ここにある不安を追い出すように、無理矢理目を閉じて眠りについた。


 翌朝マッシュが目を覚ました。今は何時だろうか?スーツの内ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、時刻は朝の九時を指している。


 ――随分寝てしまったな。


「真珠。起きろ。支度して出発しよう」

「おはよう。マッシュ」


 真珠が寝袋から出るために起き上がる。体が重い。こんな気分は久しぶりだ。


「昨日は歩き詰めだったからな。疲れたんだろう。朝食を済ませたら出発しよう!」


 こうして二人は朝食を済ませ荷物を整えてから、再び森の中を歩き始めた。


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