『 Z(ジィー)・N(エヌ)・A(エー) 』

桂英太郎

第1話

 その日も彼は、閉ざされた荒野に佇んでいた。

 もうその始まりを忘れかけるくらいに、彼、青年Aは長く実家の自室に閉じ籠っている。つまり世間で云うところの「引きこもり」。最近自分でもそのことに思い当たり、若干の驚きと併せ、否定しようのない己の現実に今更ながら幻滅する。すでに1時間余りの机上作業に疲れ、彼はふと窓の方に目をやる。カーテンから日差しが漏れている。この長い蟄居(ちっきょ)生活の中で、自分だけが地球の自転作用から洩れている気がする。今この部屋ではカレンダーどころか時間そのものも意味を為さない。青年Aはまた目線を戻す。目の前には一台のデスクトップ・パソコン。彼が今、意のままにできるのは、それを使ったネット通信ぐらいのものだ(それもこの2年で大概飽きがきているが)。曲りなりにも「外の世界」へと繋がる、彼に残された唯一の小窓。


 世界は突然「ZONBA(ゾンバ)」と呼ばれる奇病に取りつかれた人々に席巻される。「ZONBA」は一見普通の外観だが、知性は欠落し、各々(おのおの)独一の欲求のままに行動する。謂わば魂が抜けた状態。「ZONBA」の見分け方は少し面倒。彼らは眠る時以外瞬きをしない。だから殊更充血した目、そして必要最低限の会話(ほとんど独白)、それで識別するしかない。

「ZONBA」の感染経路ははっきりしない。所謂ゾンビのように噛まれることで「ZONBA」化するわけではない。一説には薬害の噂もあるが、その変化が比較的穏やかな為に気づいた時にはすでに手遅れになっている場合が多い。認知症の一種とも目(もく)されるが実際はよく分かっていない。「ZONBA」の名称自体、当初はネットスラングに過ぎなかった。「ウチのババアがゾンビになった!」に類する書き込みが、或る時期を境に続出したのだ。それでゾンビ・ババアを略して「ZONBA」に落ち着いた次第。

「ZONBA」は死んではいない。しかし人間でもない。社会性が全く排除されている。身体感覚もどう機能しているかよく分からない。彼らはひたすら或る欲望だけを満たすために行動する。時にそのことによって身を滅ぼすことになっても。政府は渾沌たる情勢を取り締まる為、急きょ「治安警護法」を成立させ一般人にも逮捕権を与えることにしたが、そのことで都市部では余計に混迷が広がる事態となっている。


 それはAが思いつきで始めたブログ上の物語。彼自身その後読み返すかどうかさえ怪しい、奇想天外はたまた綻びだらけの幻想譚。彼のブログの数少ない読者の中には、それでも熱心にコメントを寄せてくる者もいる。B子がそうだ。「ゾンビみたいだけど死んではいないってところが新しいですね」その初コメントにAは素直に喜んだ。そしてそれまでネットゲームに費やしていた時間を自制して、今日もそのストーリー製作にのめり込んでいる。

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