七草がゆ

高田 朔実

第1話

 どうやら明日は雪になるらしい、職場の人達がそんな話をしているのを聞いて、反射的に窓のほうを見る。

 真琴の席は廊下側なので、見たところで外の様子はそれほどわからない。ただ、今日の空は平和な色だとか、怪しい色だとか、雲が多いとか、わかるのはその程度のことだ。今の空からは、なんとも言えなさそうである。いずれにせよ、はるか遠くの高いところでどんな現象が起きているかなんて、考えてみたところでわかるわけはない。機械やコンピューターや、専門知識を持った人に任せるのが一番だ、そんなわけで彼女は天気予報には興味がなく、自ら進んで見ることもしない。しかし、天気に関するうわさが聞こえると、やはり少し気にはなる。

 「雪」と思ったら、その言葉に誘われたように、シシリエンヌが頭の中に流れてきた。

 シシリエンヌというのはイタリアのシチリア島に起源がある舞曲だという。地中海に面したそんなところで雪など降るのかどうか知らないが、静かに雪が降り積もっていくのを、ほんのりと暖かい部屋の中で毛布にくるまりながらなにもせずにただ眺めている――、真琴にとっては、そんな印象を受ける曲だった。

 真琴が生まれ育ったのは、大雪とはなんら縁のない地域だった。彼女は大学に入ってよその県へ行くまで、根雪という言葉を知らなかった。仮に知っていたとしても、それだけでは実感できなかったことだろう。大学にいた四年間を除くと、彼女にとって雪がたくさん降ったり積もったりする風景は、本や歌、あるいはテレビの中での出来事だった。

 三月のある日、研究室で友達が聴いていたCDに、その曲は収録されていた。パラディスという人が作曲したと言われていたその曲は、雪の降る中で聴きたかったと思ったが、四月からは地元の雪のない地域に戻るので、もうそんな機会はなさそうだった。

 シシリエンヌはどこか遠い昔を思い出させるような曲だが、もしかして、あのころは、自分の中ではもう遠い昔になっているのだろうか。真琴がその曲に興味を持った素振りを見せると、友人は、「好きならあげるよ」と言ってCDをくれた。あれからもう十年は経っていると思われた。

 年が明けてからの一週間は、年末年始に風邪をこじらせてしまったようで、あまり調子がよくなかった。仕事納めの日、飲み会が長引き、普段あまり使わない電車に乗ったら遅い時間帯は一時間に電車が二本しかなくて、寒い中で四十分も待たされた。快く酔っているときは寒さに疎くなるのもよくなかったのだろう。酔い覚ましに、自動販売機で買った冷たい水をごくごく飲んでいたので、ますます体が冷えたのかもしれない。仕事初めの日、一緒に吞みに行ったはずの人たちは、みんなぴんぴんしていた。きっとあまり電車を待たなくてすんだのだろう。土曜日になったら少し遅めの初詣にでも行こうかと思っていたが、この様子だとそれは難しそうだった。

 チャイムと同時に席を立ち、熱っぽさを感じながらスーパーに寄ると、春の七草が売られていた。年が明ければ、もうそんな時期なのだ。せり、なずな、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ……そんな歌は覚えていたものの、最近植物から遠ざかっているせいか、パックに詰められた何種類もの草と名前とが結びつかない。

 まあいいかと思いながら、パックをかごの中に入れる。それ以外にも、パンやスープ、カップラーメンやみかんなど、すぐに口にできるものだけを選び、レジへ向かった。

 スーパーの外に出て、薄暗い夜道を歩きながら、いつから春の七草をスーパーで売るようになったのか考えてみた。少なくともここ十年くらいの間では売っていなかったと思う。十代のころはスーパーに行くこともほとんどなかった。大学生のころも、特にみかけた覚えはなかった。就職してこっちに戻ってきてからはどうだったか、一人暮らしでこのスーパーを使うようになってからはどうだったか、去年はどうだったのか――。

 それまでもあったにせよ、一月七日の朝に食べるとして、せいぜいその前の数日間しか売られていない。実は今までも置かれていたけど、たまたま置かれている日に自分がスーパーによらなかっただけなのかもしれない。

 記憶を確かめたくなったが、わざわざスーパーの店員に確認するようなことではなかった。店員だって、今年入ったばかりで知らないかもしれない。それに、今はそれどころではなかった。今の真琴には、七草がゆを作る余裕などなさそうだった。

 会計をすまし、スーパーを出て、薄暗い道を歩いていると、ずっと前にいた友達のことが思い出された。紺色のブレザーにえんじ色のネクタイ、白いワイシャツ。ただ制服を着ているだけなのに、「べつに好きじゃないけど、着てやってんの」とでも言い出しそうな不機嫌な面持ち。話しかけてみると、わりと普通な顔をする。ときにはにこにこしながら、わりときついことを平気で言う。それでも彼女とは仲が良かった。家に着くと、もう風呂に入る気力もなく、寝巻に着替えるとすぐにベッドに入った。

 翌日、普段よりゆったりした時間に目を覚ますと、窓の外が明るかった。カーテンを開けると、同僚の話の通り、窓の外は真っ白になっていた。十センチも積もっていないだろうけど、この町でこんなに降るのは珍しい。雪が降りますといったところで、全面的に視界が白で覆われることなどめったにないのだ。久々に、絵に描いたようにどっさりつもった雪を見て、うっとりするような、力が抜けていくような。真琴はベッドに横たわったまま、次々と落ちてくる雪のかけらに焦点を合わせた。

 予想通り、朝食の準備をする気力はない。電子ケトルで湯を沸かし、粉末のスープを溶くのが精いっぱいだ。みかんを食べると、もうそれ以上なにも欲しくない。

 せっかく立ち上がったのだからとばかりに、今となってはどこにあるかよくわからないCDを探してみる。引っ越してきてから一度も聴いていながったが、どこにあるか見当はついた。

 プレイヤーにCDをセットして、シシリエンヌを再生する。リピート設定にすると、再びベッドに戻る。

 横たわってじっとしながら、この人はなにを思ってこの曲を作ったのだろうと考えてみた。シチリア島は、どんなところだったのか。雪が降るようなところではなさそうだし、止まない雪を眺めながら作った曲ではないだろう。この曲を作った人はどんな人だったのだろうか――、最後まで聴き終わらないうちに、眠りに落ちていた。 

 再びしっかりと目を覚ますと、既に十一時になっていた。窓の外を眺めてみるが、雪はまだ止みそうにない。

 雪に閉じ込められた感覚を味わうのは、久しぶりだ。どうせ風邪ひきだし、雪が降っていてもいなくても外には出られないのだが。閉じ込められたと思うと、今日は一日、ここで軟禁されているしかないと思うと、なぜだかわくわくしてくる。外に出なくていいよと、活動しなくていいよと言われると、真琴は昔から安心した。CDを止めて、試しに耳をすませてみる。雪の降る音は聞こえない。

 少し頭痛も和らいできたので、アイリッシュコーヒーを作ることにする。アイリッシュコーヒーについては、少しだけウィスキーが入った、生クリーム入りのコーヒーということしか知らない。喫茶店で、正式なものを飲んだことはないので、なにかの本で読んだのをきっかけに、想像を頼りに、見よう見まねで作っている。ウイスキーをどれくらい入れるのか、どこまで甘くすればいいのかは、最終的には好みの問題なのだろうけど、一度標準的なものを飲んでみたいと思う。しかし、標準はどこにあるのか、本当に標準を求めるのであれば、国内で満足するのではなく、アイルランドへ行ってみたほうがいいのか。そこまではと思いながら、しかし本当の味が気になりながら、ちびちびと飲む。それなりにおいしいけれど、本当はもっとおいしいものなのかもしれないという気もする。もう一度CDを再生して、シシリエンヌを聴く。雪が降る景色に、この曲はとっても合っていると思う。やはり、自分にとっては雪に閉じ込められたときの気持ちが、この人が遠い昔に、どこか遠くで感じていた気持ちと同じなのだろうと思った。

 あの日雪は降っていたのか、とふと思った。たぶん降っていなかったけど、今にも振り出しそうで、積極的に外に出たい気分ではなかった。一度家の中に入って、こたつに足を入れてしまうと、罠にかかったかのように抜け出せなくなってしまう、そんな日だった。

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