第24話 振られる

 次の日、美由はお弁当を届けにこなかった。やはり、昨日のことが影響してるのだろうか。背中を押して欲しかった美由の気持ちを踏みにじってしまったから、こうなってしまうのは仕方がない。


 一人で学校へ向かいながら俺は強く反省した。


 そもそも自分ごときの分際で、ふたりの関係を認めないなんて何様のつもりだ。俺が川上先輩に比べて優れてるとでも言うのだろうか。俺は美由に相談されて、何か勘違いしてるんじゃないのか。一体何様のつもりなんだよ。


 そう思いながら、教室に入るとクラスのみんなが口々に川上先輩のことを話していた。


「ねえ、美由! ちょっといいかな?」


「うん!? どした?」


「あなた……、川上先輩を振ったって、本当!?」


「えっ、何それ……誰が言ってるの?」


 悪いとは思いながら、美由が隣で友達と話してるのを聞いてしまう。どうやら、今日のクラスの落ち着きのなさも、そのことが影響してるらしい。


「いや、朝。川上先輩と廊下で話す美由を見たって人がいるらしくてね」


「うーん、振ったって言うか。わたしには相応しくないなあ、と思ったから」


「何言ってるのよ! 川上先輩と言えば超イケメンで優しくて、頭も良くてスポーツ万能でしょ。あんな優良物件いるわけないじゃない」


「だからかな。そんな人とわたしじゃ釣り合いとれるわけないでしょ」


 友達が美由の肩を強く掴む。


「あなた以外の誰が釣り合いが取れるのよ」


「いやあ、どうなんだろう」


 俺はその話を聞きながら、美由が俺の意見通りに行動したことを初めて知った。


 おいおい、何やってるんだよ。確かに俺は美由を川上先輩にやりたくはなかった。でも、だからと言ってその通りに動く必要なんてない。


 朝礼が始まり一度はみんな話すのをやめたが、ずっとみんなの中にこのことが燻り続けてるんだろう。みんなことあるごとに美由をチラ見していた。


 一限目が終わると手洗いに行くのか美由は席を立った。その時、俺にだけ聞こえる小さな声で、ごめんね、と呟くように言った。


 何がごめんね、なんだろうか。もしかして今日弁当を作らなかったことだろうか。


 そのごめんね、の理由が分かったのは昼休みになってからだった。俺は購買で何か買おうと教室を出た。


「柏葉くん、あのさ……」


「えっ、ちょっと結城さん。学校ではまずいって……」


「ごめん。今日、わたし学校早く行ったでしょ。これ渡せなくて、ごめん」


 美由は手に持っている弁当を俺に渡してきた。俺は思わず周りを見回してしまう。良かった。誰もいない……。


「ダメじゃないか。ただでさえ……」


「それもなんだけど。他に謝ることが……ある」


 そう言って手を合わせて頭を下げた。


「どう言うこと?」


「多分……すぐにわかると思う。屋上行くよね」


「あっ、ああ……」


「じゃあ、頑張ってね!」


 そう言って美由は教室に戻って行った。何を頑張ってなんだよ。俺は美由の走って行った方を見ながら一人そう呟いた。


 屋上に上がると心地よい風が吹いてくる。寒くもなく暑くもない。梅雨も小休止と言ったところか。雲ひとつない澄み渡った青空が広がっていた。


 ベンチに座って弁当を開けると可愛くはないが手の混んだ弁当だと一目でわかる。確かにキャラ弁じゃなくなったけど、ここまで手の混んんだ弁当を母親は作らねえよ、と思わず独り言を言ってしまった。


 ただ、そう思いながらも思わず笑みが溢れた。美由は俺が言ったことをそのまま実行してくれたのだ。それがただただ嬉しかった。


「隣、座っていいかな」


 男性の澄んだ声に俺はハッとした。目の前の男は俺の同意を得ることもなく隣に座った。


「川上……先輩……」


「……そうか。当然、知ってるよな。なら、ここに来た理由も分かるか」


 美由が何故謝っていたのか。この時、俺はその理由を知った。


「えと、なんのことか分かりません」


「ふうん、でも美由ちゃんの話し方だと君はかなりの部分で今回のことに関わってると認識したんだが……」


 もしかして昨日のことを美由は話したのだろうか。


「えと、結城さんは先輩になんの話をされたのですか? 俺は正直昨日、告白されたと聞いただけで、それ以上のことは殆ど知りません」


「本当かね。美由ちゃんには、告白した時からオッケーしてもらえるならば何もいらない、とずっと頼み込んできたのだが……」


 それは知らなかった。美由はずっと川上先輩には、わたしよりも相応しい人がいますと言ってたそうだ。


「で、煮え切らないから、色々と調べた。そしたら中学の時にクラス一人気の男子の告白を断ったら、クラス全員から虐められたと言うじゃないか。俺なら君を守れるから、告白を受けてくれないか。もちろん、男性恐怖症なのも分かった。だから、君が治癒するまで、俺は君に指一本触れない。約束する、と言ったんだよ」


 恐らく地元に行って聞いたに違いない。そこまでしてくれるなら、美由だって相当心が動いたんじゃないだろうか。


「昨日は少し待ってください、だった。今まで完全に断られてたので、俺は嬉しかった。なのに……」


 ここで川上先輩は悔しそうに手を強く握った。


「昨日、LINEでごめんなさい。付き合えません、と送られてきた。朝、問い詰めたら友達に止められたと言うじゃないか」


「それが、なぜ俺だと思うのですか?」


 逃げ口上だと思う。俺以外に誰がそんなこと言うんだよ。美由を失いたくなかったから出た言葉が川上先輩をここまで追い込むなんて思ってもいなかった。

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