聖女になれなかった私は、冷酷伯爵家に売り飛ばされてしまった ~私、幸せになれるのでしょうか?~
九傷
聖女になれなかった私は、冷酷伯爵家に売り飛ばされてしまった ~私、幸せになれるのでしょうか?~
私の名前はヴィオラ・マーキュリー。
マーキュリー男爵家の長女で、今は聖女候補生という立場だ。
聖女候補とは、その名の通り聖女の候補という意味であり、聖女になるための学校の生徒なので聖女候補生と呼ばれている。
男爵家令嬢の私が、何故聖女学校なんかに通っているかというと、色々と深い事情がある。
いや、そこまで深くはないか。結論から言ってしまえば、我が家には金がなかったのだ。
マーキュリー家は長くから続く男爵の家系だが、それはつまり長年男爵止まりの家系とも言える。
普通の貴族は、長い歴史で功績を上げ徐々に爵位を上げるか、没落して無くなるかのどちらかなのだが、我が家はギリギリなんとか男爵に踏みとどまり続けたのだ。
しかし、それも当代でいよいよ限界を迎えつつある。
そこで、父ウォーリー・マーキュリーは賭けに出ることにした。
それが、「長女である私を聖女に仕立て上げる」という博打である。
生まれつき、私には回復魔術の素養があった。
そこに父は、一縷の望みを見出したのだろう。
回復魔術の才能があったからといって聖女になれるワケではないが、少なくとも素養のない者よりは可能性がある。
ということで私は聖女になるための様々な教育を施され、仕上げに聖女学校に放り込まれたのであった。
「い、いよいよですね、ヴィオラさん」
「そうですね、シトリンさん」
私の隣でソワソワしている彼女は、シトリンという名の可愛い三つ編み少女だ。
家名もない庶民ではあるが、学内では一番の親友と言える存在である。
そんな彼女が何故ここまでソワソワしているのかというと、いよいよ今年の聖女がこの場で選出されるからだ。
聖女は毎年、最高学年生から5人選出される。
ここで聖女に選ばれなければ、聖女になる道はほぼ閉ざされると思っていい。
私のように、聖女になるために全てを賭けてきた人間にとっては、まさに天国と地獄の分かれ目である。
「ヴィオラさんは、こんなときも冷静ですね……」
「そんなことないですよ。私も内心ドキドキしています」
ドキドキなどという生易しいモノではない。もう、爆発しそうである。
外見は冷静を装っているが、中身は暴れまわるサラマンダーのような状態だ。
『それでは、今年選ばれた聖女を発表する!』
「はぁ……」
枕に顔をうずめながら、30回目のため息をつく。
涙でびしょ濡れの枕は通気性が悪く、非常に息苦しい。
それでも私は、枕に顔をうずめ続ける。
(私の捧げた15年は、なんだったんだろうな……)
恐らくだが、生まれてから1年くらいは私も普通に育てられたんだと思う。
でも、1歳くらいにはもう、聖女としての教育が始まっていた。
それくらい人生を賭けていたというのに……、私は聖女に選ばれなかった。
聖女に選ばれたシトリンは、何故私が選ばれないのだと泣いていた。
確かに私の方が回復魔術の腕も、礼儀作法も、学術も、気品も、その他色々なものが上だったのは間違いないだろう。
しかし、それではダメなのだ。聖女として何よりも重んじられるものは資質なのである。
その資質が、私には著しく欠けていた。
「はぁ……」
31回目のため息をつく。
家に帰ってきてから、もうずっとこの状態である。
こんなあり様で、よく笑顔でシトリンを送り出せたものだ。
あのときの私だけは、よくやったと誉めてあげたい。
コンコン
32回目のため息をつく前に、部屋のドアがノックされる。
「入るぞ」
そう言って部屋に入ってきたのは、父ウォーリーであった。
「お父様……」
「ふさぎこんでいるところ済まない。しかし、これからのことについて話さなくてはならないのだ」
そうだった。
我が家は没落の危機にあり、それを防ぐために私を聖女にしようとしていたのだ。
私が聖女になれば、国や教会から支援を貰えることになる。
さらに、聖女を輩出した家として名を馳せることとなり、家格も上がる。
それらの目論見が、私が聖女になれなかったことで水泡に帰したのだ。
私の責任は……、重い。
「……申し訳ございません。私が至らなかったばかりに――」
「いや、それについては残念だが、選ばれない可能性があることも重々承知していた。こればかりは、ヴィオラが謝るようなことではない。私の方こそ、お前に辛い思いばかりさせて、悪かったと思っている」
「お父様……」
この家で、誰よりも私に期待していたのは父だったハズだ。
それなのに、私を責めないどころか、謝罪をしてくるなんて……
正直なところ、私は父に愛されていないと思っていた。
父にとって私は道具であり、それ以上の感情は持っていないと。
でも、違ったのかもしれない。
父は父なりに、私のことを大切に思ってくれていたのだ。
そう思うと、絶望の闇に包まれていた心に、光が差したように感じられる。
「……お父様、私は聖女にはなれませんでした。しかし、学園で磨いた回復魔術の腕には自信があります。この力を医療方面に役立てれば、きっとマーキュリー家の力になれると、思います」
聖女になれなかった者の目指す道としてはポピュラーではあるが、私の回復魔術の腕は既に医療業界においてもトップクラスだという自負がある。
この技術を活かせば、軍医などの高い治癒能力を要求される現場でも重宝されるだろう。
そうなれば、マーキュリー家の名を上げることも夢ではないハズだ。
「……お前の気持ちは嬉しい。しかし、もう時間がないのだ」
「そんな……」
「だが、一つだけ方法が残されている。話とは、そのことについてなのだ」
◇
「ようこそ、ヴィオラ・マーキュリー。いや、もうヴィオラ・プルートーだったな」
そう言ってプルートー伯爵――ジェラルド・プルートーは、私を屋敷に招き入れる。
マーキュリー家とは比べ物にならないほど大きな屋敷……、今日からここが私の家になるのだ。
「ヴィオラよ、今日から貴様は私の妻となるが、妻らしい振舞いなどはしなくていい。この屋敷も自由に使って構わない。ただし、地下には降りるな」
自由……
今まで自由に生きてこなかった私にとっては、命令されるよりも難しい生き方だ。
「わかりました。しかし、一つお願いがあります」
「……なんだ?」
「何か、仕事をください」
「そんなことか。当然、仕事は用意している。そのために、私は貴様を買ったのだからな」
そう、私は買われたのだ。
この男、ジェラルド・プルートーに。
この男は、私に一体何を望んでいるのだろうか……
追って連絡をすると言われ、私は用意された私室で待機することとなった。
綺麗な部屋だが、一人部屋にしては広すぎて、少し落ち着かない。
(ジェラルド……、噂通り冷たい感じはするけど、あまり怖くはなかったな……)
ジェラルド・プルートーは、一代で伯爵まで上り詰めた男である。
戦場で名を上げ、その武功のみで伯爵になったというのだから凄まじい話だ。
年齢は30代のようだが、そうは見えない若々しさを感じた。
黒髪で、髭が薄いせいだろうか?
氷血鬼――ジェラルドは戦場でそう呼ばれていたらしい。
なんでも、大量の血を浴びながらも冷酷無比に敵を殺し続けたその姿から、
他にも、味方殺し、子ども攫い、人喰いなど、色々な逸話を父から聞かされた。
父としては、それだけ危険な男だから、いざとなれば逃げだしてもいいと伝えたかったのかもしれないが……、正直聞きたくなかった。
私はジェラルドに買われてこの家に嫁いできたのだから、もし私が逃げだせばそれが水泡に帰すことになる。
マーキュリー家のことを考えれば事実上逃げられないし、そもそもそんな男から逃げられるとは到底思えない。
だったらせめて、何も知らずに嫁いできた方が、少しは幸せだっただろう。
することもないので、私はベッドに寝転び先ほど
ジェラルドのような男が私を買う理由とは何か?
伯爵であれば、私などよりもっと価値のある令嬢を選ぶことができただろうに……
いや……、そうでもないのか。
あれほど危ない噂の付きまとう男に、わざわざ娘を嫁がせたいと考える家は少ないのかもしれない。
政略結婚と言えど、娘に危険が及ぶと考えれば、普通は他のもっと良い物件を探すだろう。
ジェラルドが選べたのは、私のような問題を抱える家の娘だけだった、という可能性は大いにある。
……しかし、ジェラルドは先ほど、仕事のために私を買ったと言った。
つまり、私自身に何か目的があって、わざわざ大金を出したということになる。
まさか、性的嗜好を満たすため?
自分で言うのもなんだが、私は聖女になるために育てられたため、見た目についてはかなり気を使っている。
顔立ちについては生まれながらのものなので弄っていないが、学年ではトップ5に数えられていた。
淡いブロンドは綺麗に手入れして、ふんわり柔らかく印象付けるよう整えている。
プロポーションについても、いつもシトリンに羨ましがられていたくらいには良い。
そんな私を、性的にアレコレするために妻に選んだという可能性は十分にある。
ということは、私に用意している仕事っていうのは、そういう――
「失礼する」
「っ!?」
ノックもなしにジェラルドが部屋に入ってくる。
連絡をすると言っていたから、てっきり使用人を寄越すのかと思っていたのに、まさかいきなり本人が現れるとは……
直前に考えていた内容も相まって、心臓がドキドキと高鳴っている。
「どうした、顔が赤いぞ」
「い、いえ、少しその、運動をしていたもので」
「そうか。ならいいが、体調を崩したのなら言え。急ぐ仕事でもないのでな」
「だ、大丈夫です。問題ありません」
そう答えて、少し後悔する。
もし私がさっき想像したような内容であれば、色々と準備ができていない。
私は生まれてからずっと聖女として育てられてきたので、貴族の娘として
せめて、少し勉強する時間くらい稼ぐべきだったかもしれない。
「では、早速始めよう」
「ひゃ、ひゃい!」
声が裏返ってしまう。
ジェラルドが私の手を握ってくる。
最初は手を握るものなのだろうか……
ジェラルドの手が、物凄く温かい。いや、熱い?
これは……
「……どうだ?」
「どうだとは、この回復魔術のことでしょうか?」
「それ以外何がある」
私が想像していたアレコレについては、流石に口に出すことはできない。
聖女の修行で培った作り笑顔でソレを隠しつつ、正直に問いに答える。
「初歩のヒールですね。それも、かなり拙い」
私がそう言うと、ジェラルドは冷たい視線で私を睨みつけてくる。
一瞬殺されるかと思ったが、次の瞬間ジェラルドは目を伏せた。
「そうか。やはりな」
ジェラルドはヒールを止め、手を放す。
「独学でなんとかここまで使えるようになったのだが、限界を感じていたのだ。貴様を買ったのは、私が回復魔術を正式に学ぶためだ。ヴィオラよ、私に回復魔術を教えろ」
「それは構いませんが、今独学とおっしゃいましたか?」
「そうだが、何か問題があるか?」
問題は……多分そこまでない。
しかし、とんでもないことではある。
本来回復魔術とは、素養のある者が専門の技術を学ぶことで、初めて成立する魔術なのである。
才能のある者であれば自力で治癒効果を発現することもあるが、技術も学ばず魔術として成立するレベルに達することはまずあり得ない。
そして素養のない者にはそもそも技術が開示されることはないため、普通であれば独学で習得できる技術ではないのだ。
私が見たところ、ジェラルドには回復魔術の素養がほとんどない。
それなのに、彼は少なくとも回復魔術を成立させている。
才能、とは決して言えないだろう。
恐らくは、経験の成せる
「戦場で、学ばれたのですね」
「そうだ。私は回復魔術を受ける機会が多かったからな。体で覚えた」
回復魔術を学ぶ際、実際に回復魔術を受け、感じ取るという体験授業も当然ながらある。
しかし、そんなことでは実際に回復魔術を使えるようにはなったりしない。
もしそれを成すのであれば、それこそ何百、何千と回復魔術を受ける必要があるだろう。
つまり、この人は、それだけの――
「……何故、他の者から正式に回復魔術を学ばなかったのですか?」
「私は他人を信用しない」
成程、それで私を妻に迎え、そこから学ぼうというワケだ。
「ジェラルド様、これからは独学で回復魔術を学ぶのはやめてください」
「貴様が教えるのであれば、それでも構わない」
「教えます。ジェラルド様のヒールは変な癖がついていますので、それも矯正します」
ジェラルドのヒールは、拙いだけでなく変な癖がある。
それが出力を弱める原因になっている。
「わかった。では早速教えろ」
「……ジェラルド様には、まず術理を学んでいただく必要があります」
「……それは、座学か?」
「はい」
「むぅ……、わかった」
どうやら、座学はジェラルドの不得意分野のようだ。
そして、座学は私の得意分野である。
私はなんとなく勝った気分になりながら、ジェラルドの教育を開始した。
◇
ジェラルドの教育を開始してから、早一か月が経とうとしていた。
広い屋敷にも慣れ、今では気ままに部屋を行き来している。
そんな私が気になるのは、やはり降りるなと言われた地下である。
最初はどこから降りるかもわからなかったので気にもならなかったが、今は大体の当たりは付けていた。
書斎の隣の扉――あれがどう考えても怪しい。
以前試しにドアノブを握ってみたが、カギがかかっていた。
他の部屋はジェラルドの私室にすらカギがかかっていないので、間違いなく何かを隠している。
ジェラルドの噂の中には、子ども攫いというものもあった。
もしかしたら、あそこには……
幸い、今日ジェラルドは外出している。
扉は開けられないが、鍵穴を覗いたり、耳を押しあてるくらいしても問題ないだろう。
私は扉に近づき、鍵穴から中を覗き込もうと中腰になる。
う……あぁ……
「っ!?」
今、扉の向こうから、うめき声のようなものが聞こえた。
まさか、本当に、子どもを……?
実のところ、私はその可能性はないと心の中で思い込んでいた。
ジェラルドは目つきが鋭くて怖いが、悪い人間ではない。
そんな彼が、子どもを攫うなんてありえないと。
しかし、今聞こえたのは紛れもなく――
あぁぁぁぁぁ!
今のは、ほとんど叫び声に近かった。
この中では、何かとてつもなく恐ろしいことが行われているのかもしれない。
一瞬の迷い――、しかし私は決断した。
「はぁぁぁっ!」
自身に強化魔術をかける。
私は聖女として最上位の強化魔術を取得しているので、生身でも扉を破壊するくらいの力は出せる。
全身に最大限の強化を施し、体当たりで扉を突き破る。
その先はやはり階段になっており、私は勢い余ってそのまま転げ落ちた。
「いったたぁ……」
衝撃で目がチカチカとするが、強化魔術のおかげで大した怪我はない。
立ち上がり、周囲を見渡すと、そこは広い空間になっていた。
淡い白色魔力灯で照らされたその空間には、いくつものベッドが並べられ、その上には子どもが寝かされている。
やはりここには、ジェラルドの攫った子ども達が――
「おねえちゃん、だれ?」
「っ!」
いつの間にか、私の足元に小さな女の子が立っていた。
すぐに返事できなかったのは、その子の耳が見慣れないものだったせい。
(まさか、エルフ……?)
尖った耳、それは座学で学んだエルフの特徴だ。
この国には存在しないハズの、亜人種。
一体、何故……
「私は、ヴィオラ。貴方は?」
「わたしは、うぃのな」
「うぃのなちゃん?」
「うん。ねぇ、いつものおじさんは?」
似た響きの名前に親近感を覚えつつも、少女の言うおじさんという単語に色々な考えを巡らせる。
まず間違いなく、おじさんとはジェラルドのことだろう。
しかし、そうだとして、少女の口ぶりには敵意のようなものを感じなかった。
それはつまり、ジェラルドは彼女達を攫ってきて、虐待のようなことをしているワケではないということになる……と思う。
じゃあ、先ほどの叫び声は――
「貴様、何故ここにいる」
「っ!?」
身体がビクリと跳ね上がる。
背後から声をかけてきたのは、もちろんジェラルドだ。
一体どうやって、足音もなく私の背後に立ったのか。
「……死にたいのか?」
本気の殺気。
今まで感じたことのないような極寒の空気が、私の全身を包み込む。
私はさっき、殺されるかもしれないということを覚悟してこの地下に降りたというのに、その覚悟をあざ笑うように恐怖がこみあげてきた。
「わ、わたし、は――」
「うあああああぁぁぁぁぁっ! 痛い! 寒いぃっ!」
「「っ!?」」
先ほど聞こえた叫び声だ。
それが聞こえたのとほぼ同時に、風のような速度でジェラルドが駆けていく。
少女――ウィノナもそれに付いていくように走って行くので、私もその後を追った。
「大丈夫か、今、治してやる」
ジェラルドの入った小部屋の中には、全身に包帯が巻かれた、犬系獣人の子どもが寝かされていた。
どう見ても重体だ。恐らく手足は辛うじて繋がっているだけで、ほとんど千切れかかっている。
一か月の猛勉強で改善されつつあるジェラルドのヒールでも、絶対に間に合わない。
「代わってください! 私が治します!」
「触るな!」
「っ!? 何故!?」
「私は他人を信用しない」
「こんなときに、何を……っ!」
再び放たれる強烈な殺気。
身体が委縮しかけるが、今度は歯を食いしばって耐える。
「私は……、私は! 他人ではありません! 貴方の妻です!」
私はそう叫び、恐怖を振り払う。
そしてベッドに近づき、獣人の子どもの胸に手を当てた。
「グレーターヒール!」
私の魔力が流れ込み、子どもの全身を巡る。
その光景にジェラルドは一瞬目を見張るも、すぐに私に冷たい視線をぶつけてくる。
「貴様、恐怖を感じないのか?」
「感じます。今も感じています。ですが、私は、それに耐える
聖女の修行には、あらゆる精神負荷に耐えるというものもある。
こんな恐怖を感じたのは初めてのことだが、それでも気合と根性があれば大抵のことは耐えられるのだ。
「貴方が心の底で、まだ私のことを、他人として見ているのはわかっています。貴方は、きっと、自分以外の全てが信用できないのでしょう? ですが、それにも無理が来ていた。だから私を妻に迎え、回復魔術を学んだのです、よね?」
「…………」
「だったら、せめて私だけでもいいから、人を信用してください。たとえ金で買われようとも、私は貴方の妻です。今まで生きてきて、恋も、遊びも、聖女のこと以外は何も知らない私にとって、貴方だけが私の初めてなんです! 貴方に見限られたら、私は死んだも同然なんですよ!」
少々誇張は入っているが、この一か月は私にとって凄く充実した日々だった。
聖女の勉強から解放され、逆に教える立場に立ったのは新鮮だった。
少しずつ……、ジェラルドにも惹かれていた。
これが恋や愛かなんてわからないけど、大切な何かだってことはわかる。
他人扱いされるのも、ここで殺されるのも、私にとっては一緒だ。
だからせめて、後悔しない道に進む。
「ウゥ……ッ、ラァァァァァァッ!!!」
渾身の魔力を込め、グレーターヒールの光がゆっくりと消えていく。
獣人の子どもの血色は戻り、手足も全て繋がった。
怪我する前よりも元気にしてやった自信がある。
「こんな、馬鹿な……、戦場でも、ここまでの回復魔術は見たことがないぞ!」
「これが、聖女を目指していた者の、実力というやつです……」
息も絶え絶えだが、まだまだ魔力は残っている。
「さて、他にも怪我人はいるのでしょう? どんどん治していきますよ!」
私が気合を入れて笑って見せると、ジェラルドはポカーンとした顔をしていた。
面白い顔が見れたので、気合を入れた甲斐があったというものだ。
◇
あのあとジェラルドは、私にあの地下施設の秘密を語ってくれた。
大体予想はついていたが、戦災孤児や解放奴隷などの傷病人を引き取って面倒を見ていたらしい。
あの下手糞なヒールで全員を治療していたというのだから、逆に凄いと感じてしまう。
ジェラルドのヒールに歪みがあったのもそのせいだろう。
回復魔術の基本は、まず相手の自己治癒能力を高めることにある。
それをすっ飛ばして怪我だけを治そうとしていたのだから、歪みが生じるのも無理はない。
「もっと早く、貴様を頼るべきだった」
やはりと言うべきか、助からなかった子もいた。
確かに、もっと早く私に頼っていれば、救えた命もあったかもしれない。
でも、それはやっぱり難しかっただろう。
病んでいたのは、この人も一緒なのだから。
ジェラルドはその後、少しずつ私に心を開いてくれるようになった。
今では私を貴様と呼ぶことはほとんどなくなり、ちゃんと名前で呼ぶように成長している。
「ヴィオラよ、何故お前は聖女になれなかったのだ」
ジェラルドが、私の膝の上に頭を乗せながら尋ねてくる。
「私に資質がなかったからですよ」
「資質とはなんだ?」
「結構曖昧な概念なんですけど、陽の気というんですかね……。人を幸せにしたり、明るくできるような人が選ばれやすいみたいです」
「ならば尚更おかしいだろう。ヴィオラが聖女になれないハズがない」
「……そうですね。今の私なら、聖女になれたかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「私も、成長したということですよ」
使命感に駆られて生きてきた私には、人に尽くしたい、守りたい、愛したい、そんな感情が抜け落ちていたのかもしれない。
だから私は、聖女に選ばれなかった。
……まあ、今となっては選ばれなかった原因を考えても仕方のないことだ。
「よくわからんが、私にとってはヴィオラこそが唯一の聖女だ」
「そう言ってくれて嬉しいですよ。私も、貴方の聖女でいられたら、それでいいです。……あ、今のは訂正します。あの子達を含む、私の家族の聖女でいたいです」
亜人種の子ども達は、怪我や病気も治って元気に過ごしている。
元気過ぎて、そろそろ地下では面倒を見きれなくなりそうだ。
人族に恨みを持っている子もいるけれど、他の子達の熱心な説得で、徐々に打ち解け始めている。
みんなを本当の家族と呼べる日が来るのも、そう遠くないかもしれない。
……そうだ、家族で思い出したけど、私の両親達は今も私のことを心配しているハズだ。
「ねぇ、ジェラルド。今度、私の両親に会ってくれないかしら?」
「両親になら前にも会っただろう」
「ううん、今の私と一緒に、もう一度会って欲しいの。伝えたいことがあるから」
お父様、お母様――
私は今、とっても幸せですよ。
~Fin~
聖女になれなかった私は、冷酷伯爵家に売り飛ばされてしまった ~私、幸せになれるのでしょうか?~ 九傷 @Konokizu2
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