難アリぼっち二人はとてもめんどくさい

@YutoK

第1話「雨の中、出逢い」

 俺は人間がキライだ。無論、それは自分も含めて、というかなにより自分が一番キライかもしれない。だから、他人には興味を示さないし関心も寄せない。こうすれば誰かに勝手に期待して失望しなくなる。そうすればこの退屈未満な人生が少しはマシになる。  

 そんな生活を5 年ほど送っていた。いうまでもないが恋人はおらか友人すらいない。とはいえ、ちょくちょく行われる学校でのグループワーク苦痛なだけでそれすら最近は何も思わなくなってきた。人としての根本的な欲求を満たすだけの生活も存外悪くないように思えてきた。


そう、だから、あれは、ただの気まぐれだったのだ。


-1-

 ある日の一日。それは別段、特出すべき日でもなくことさら何か取り上げあられるようなものでもなかった。昼休みは既に後半に差し掛かり、そろそろ次の授業の準備をしなければいけないといった頃合。早々に用意を済ませていた俺は読んでいた文庫本の区切りの良いところで終わるように読むペースを上げ、ページを捲る。読書は好きでも嫌いでもなくただ一人で時間をつぶすのに丁度よかった。そのため、集中なんてものはしておらずどうでもいい噂話が俺の耳に否応なく入る。いつものように今日も噂好きの女子が近くでひそひそ噂話を拡げている。中には、他の人に知られてはまずいものが聞こえてくるが次の授業の終わりにはそんなものとっくに飛んでいる。

『夜霧ちゃん、お父さん亡くしたらしいよ』

『え!?確か、シングルファザーなんじゃなかった?超大変じゃん』

 ページを捲る手が止まる。視線はもう文庫本に向いておらず、空いた隣の席に目がいった。思い返せば、担任の教師が身内に不幸があって休んでいるとかいっていたような気もしてきた。


 いつもは流す心底どうでもいい噂話、それを気に留めてしまった。


人に興味を抱くのも関心を示すのも、俺の場合は碌なことにならない。だから、戒めてきた。とはいえ、全くクラスの人間を覚えていないわけじゃない。嫌いなやつ、面倒なやつは覚えている。どうでもいいやつは名前すら覚えていないが。

 隣の席の彼女は俺の中では面倒なやつの分類に当たる。不知火夜霧、彼女は俺と同じでクラスで浮いている。いわゆるぼっちだ。ただ彼女は自ら孤立している俺とは違って、友達を欲しそうにしている。いつも一人でいる俺に親近感でも感じたのか、それとも同じぼっちならあるいはと思っていたのか、期待した瞳でこちらを窺うものだから鬱陶しいと思っている。


 あれから二週間が過ぎた。俺は未だにあの日の言葉が頭の片隅に残っていてそれを気にしている。

彼女はまだ登校していないようだった。

だが、時というのは大抵のことを忘れさせてくれる。どんな美しい記憶も優しい思い出も色褪せていく。だから、気にすることない。こんなちっぽけなことであれば尚更、忘れてしまうだろう。───その筈だった。



 学校終わりの帰路の途中、一人の少女が目に入った。きっと平均より少し低いであろう身長、小柄な細い体躯、肩上まで切り揃えられたボブヘアー、見慣れた制服、その少女は不知火夜霧だ。なにはともあれ彼女は町を歩いていた。それ自体は気になることではない。もとより俺には彼女と話す必要も理由もない。じゃあ、何をそんなに気にしているのか俺にはそれを言語化できなかった。本来なら、俺は即座に踵を返していたのだろう。彼女、不知火夜霧が不審な男と二人で歩いていなければ。下を向いている夜霧の手を引く周囲をちらちらと窺う明らかに不審な中年くらいのおっさん。一目でそれがやましいものだと分かった。


「なにしてるんだよ、お前」


 夜霧の手を引っ張り、気付けばそう口にしていた。

 俺はキレていた。自覚もしている。頭に血が上って沸騰している。断じて夜霧に好意とかがあったからではない。もし、そうならきっともう少しマシな声の掛け方をしていたと思う。だからこれは、単に俺の我儘で気に食わないからイラついている。だからこんな酷い言葉になった。


「え?え・・・」


 突然の出来事、ただのクラスメイトという他人もしくはそれ以下の関係である俺に声を掛けられ夜霧は驚いてまともに言葉が出ていない。彼女のフォローを期待できないと察した男が焦った様子で自分の犯罪を隠すため俺へと詰め寄る。


「君は一体、彼女の何なんだ!いきなり手を掴み屋がってふざけるなよ」


「は?お前こそ何なんだよ」


「私か?私は、わたし、は、この子の父親だよ。そうだよな?」


 ああ、俺は本当にダメだ。思ったことがすぐ顔と口に出る。自覚しているのに止められない。理性を退け感情がどうしても先行して抑えが利かない。だから、言ってはいけないことを言ってしまう。


「馬鹿が!死んでるよ」


 タガはさっきの言葉で外れていた。感情は止まらない。口にして言葉にして声に出して、10秒後に後悔するようなことを吐いてしまう。


「お前のようなクズが騙るなよ!夜霧ひと父親おやを騙るな!」


 全て吐き終えて、息は絶え絶えて深呼吸を繰り返してほんの少し冷静になれた。周囲の人々がざわめいていた。俺のバカでかい声が原因だろう。クソカスロリコン野郎は持っていた手提げバックで顔を隠しながら惨めに走り去っていった。


「はあ・・・最悪だ」


 二度そう思った。一度目はさっきの暴言を言い終えた後、二度目は彼女の、夜霧が今涙を流し嗚咽を漏らしている姿を見て。


「あ、ぅっ、はあっ、」


結局、これは彼女のためなんかじゃない。なんであの時、言う必要ない、いや言ってはならないことを言ってしまったのだろう。これが俺の自己満足だからか。


「・・・悪い。いや、ごめん」


 どこでもいいから、どこかへ行きたかった。彼女のいない場所に逃げ出したかった。でも、せめて、彼女が泣き止むまではいなければいけない気がして、でも何も言えることが思いつかなくてただ傍にいた。


雨が降った。強い。急だった。




あの後、俺は何も言えずただ立ち尽くして何か話すわけでもなく、家へ帰った。事の顛末は彼女が涙を流し終えた後に急に逃げるように走り出して雑踏の中に消えていった。


「まあ、いいか」


 あくまで他人。あいつに友人が居るかなんて知らないが、親戚とか仲のいい人間がケアすべき問題だ。どれだけ思い詰めていても、俺には無関係だ。ただ、『馬鹿が!死んでるよ』あれだけは言うべきではなかった。彼女が父親の死をどう受け入れているのか、知らないがどうあれ傷つけてしまっただろう。そこは反省しなきゃならない。


「・・・はあ、悪い癖が思いっきりでたな」


 何もする気が起きない。点けたテレビをすぐに消す。今日だけにしよう。物思いを耽るのは、明日からはいつも通り過ごせるように。

 気分は重い。雨の音が、心に沁みる。今更になってやっぱりテレビは点けときゃ良かったと後悔した。ベットからテーブルに行く気は起きない。

 チャイムが鳴った。気だるげな身体を起こす気にはなれず、まだマットに身体を沈めている。少し経った後、再びチャイムが鳴る。郵便ではなさそうだが、なんなのだろう。心当たりは全くない。流石に雨の中、急で狭い階段の上りマンションまで来ていることを鑑みると心が痛む。


「今行きます」


 家賃の安いマンションのため、防犯対策は薄い。ドアスコープすらなく、ほんとに防げるのか疑ってしまうほど簡素で古いタイプのチェーンロックが一応取り付けられているだけだ。それでもないよりはマシなのだろうが。

 無骨な扉を開けると、そこには驚くべきことに、びしょ濡れの不知火夜霧がそこにいた。

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