第35話 かつてのパワハラ上司が柳の下のドジョウを狙ってネタを横取りしましたが、使いこなせずに大コケしました

 ホーソンが小屋を訪ねてきたのは、次の日のことだった。

 まだ誰もが働いているはずの昼日中に、狭い小屋はすぐに満員になる。

 その中でも、笑わないハーフオークの顔はいかにも目立った。

 左右の客の爆笑が理解できないらしい。

 やがて、コントライブが終わると、帰る客の間をすり抜けてきた。

「ウケてるみたいじゃねえか」

 祝福の言葉を面白くもなさそうに、荒い鼻息交じりで吐き捨てた。

 いかつい顔の割には、押しのきかない声になっている。

 私は怯むことなく、余裕をもって答えた。

「おかげさまで」

 その皮肉が理解できるほど頭がよくなホーソンがじろりと眺めた先には、冷ややかな目をしたイフリエがいる。

 ダンピールの少年をかばうように睨み合いを遮ってやると、魔神の手先と疑う宰相プリースターに売ろうとしたことには悪びれもしないで、ホーソンは無理やり笑ってみせた。

「俺たちもやってみせようか、そのネタ」

 私の後ろでイフリエが失笑したのが聞こえたのか、ホーソンが歯を剥いた。

 そこへ、身を翻して飛び出したイフリエが襲い掛かろうとする。

 私はそれを片手で押しとどめながら、申し出を丁重に断った。

「他の人にできるとは思えません」

 目を怒らせたホーソンの手が、私の肩のあたりに飛んでくる。

 それを掴んで止めたイフリエの腕が掴み返される

 だが、軽々と床板に叩きつけられたのはホーソンのほうだった。

 もっとも、怯む様子はない。

 高い声で笑いながら、あのこすっからい目つきで脅しをかけてきた。

「そのネタをくれるんなら、黙っててやるぜ」

 裏を返せば、いつでもプリースターに居場所を密告するということだ。

 そこでイフリエは手を緩めてしまったのだろう、逆に投げ飛ばされたが、私の目の前にひらりと舞い降りた。

 ホーソンが迫ってくると、手を伸ばして遮ってくれた。

 その手を払いのけた私は慇懃無礼に答える。

「どうぞお使いください」

 脅しをかけてくるだろうとは思っていた私は、さっさと小屋の片づけを始めた。

 イフリエが、手伝いながらも尋ねる。

「苦労して作ったのに、何で?」

 確かに面白くなかったが、私は笑ってみせるしかなかった。

「急がなくちゃ。明日の朝は早いよ」

 だが、すっかり荷造りをした私たちが夜明け前に起き出しても、ホーソンが怒鳴り込んでくるのは避けられなかった。

 私たちのネタは、宿屋に泊まるくらいの金がある人が見ても、面白くもなんともないのだった。

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