第31話 地下アイドル時代に磨いた声がカタルシスなウェイブを放ちます

 観客、とくに女の子たちがどんどん熱くなっていくのは、舞台の上からでも分かった。

 女の子たちの甲高い歓声が上がる。

「皇子! 皇子!」

 街中を遠く離れた、篝火の下の舞台は熱狂の渦に包まれようとしていた。

 やがて、客席一杯の歓声に、咆哮めいた響きがまとわりついていく。

 ひとり、またひとりと立ち上がる。

 そのいちばん後ろに、あの少女の姿がある。

 お忍びの、女王タウゼンテだ。

 その背後から襲いかかろうとする影がある。

 イフリエの振るう、本物そっくりの剣をかわしながら考えた。


 ……どうする? タウゼンテは気付いていない。


 そこでイフリエが、もんどりうって舞台から落ちた。

 もちろん、芝居だ。

 わっと押し寄せる女の子たちの頭上を軽々と跳び越えた先に、タウゼンテの姿があったのには私も慌てた。

「伏せて!」

 若き女王が静かに身を沈めた背後に残された影に向かって、イフリエの剣が振り下ろされる。

 そこには、男がひとり、呆然と立ちすくんでいるばかりだった。

「俺……何を?」

 狼男になる前に、正気を取り戻したのだ。

 それを知る由もない観客たちの歓声は、まだ消える気配がない。

 さっきの咆哮が、あちこちで聞こえはじめた。

 再びイフリエが剣を振るう。

 だが、それは、あっさりと折れた。

 観客の中に紛れ込んで、狼男が出現したら斬ろうとしていた兵士の剣を受け止めたからだ。

 さらに、別の兵士が剣を抜き放ったが、狼男がいなくなれば、その必要もなくなる。

 私は、とっさに即興のメロディーでアカペラを始めた。


  どこを見ている

  それは私の影

  私はここだ

  我が名は魔王……。

 

 その名を口にする前に、微かに燃え残った篝火の明かりが及ぶ辺りからは、誰もいなくなっていた。

 狼男はおろか、観客までも……。

 ただ、私とイフリエの前には、暗闇の中から現れた鉄兜の兵士たちが集まっている。

 万事休すと覚悟を決めたとき、兵士たちは、一斉にひざまずいた。

 その礼を受けたタウゼンテは、私たちに向き直ると、女王の威厳に満ちた口調で告げた。

「我が民を救ってくださいましたこと、深く感謝します……しかし、いかに並外れた力をお持ちでも、あの名前を口にはなさいませぬよう」

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