第17話 採用通知をもらって有頂天になりましたが実家ブロックが入ってアイドル廃業を決めましたが、未練が残って移籍先から逃げられませんでした

 気が付くと、私は朝に来たバス停にたどり着いていた。

 来たバスに乗ったところで震えた携帯電話に出ると、あの女の声が聞こえた。

「コンノアサミさん、採用です。明日、お迎えに上がりますので、荷造りだけしておいていただけますか?」

 妖精の魔法にでもかかったかのように、私は即答していた。

「宜しくお願いします」


 アパートに戻ったところで、ちょっと頭が冷えた。

 夜が明けたら、あのブラック事務所とは電話一本で縁を切ろうと思った。

 とりあえず、実家には電話で報告しておくことにする。

 母親に事情を話すと、聞えてきたのはヒステリックな喚き声だった。

「やめなさい、そんな危なっかしいの! 変なビデオだけ取られてポイってのがオチよ!」

「あのね、コンプライアンスっていうのがあってね、今どきそんな後ろに手が回るようなこと、どこだって……」

 母親は聞いてもいなかった。

「全く、不器用で子供みたいな顔つきで、体つきもペッタンコだし……」

 さすがにムッとして言い返した。

「……それが娘に言うこと?」

「娘だから言うんじゃない! あなた、ひとり娘なのよ! お婿さん取るんでなかったら、せめてちゃんと結婚して……これじゃ男もつかまらないじゃない!」

 今どき何を言い出すのかと呆れたところで、電話の相手は父親に代わった。

 高校生のときから私の地下アイドル活動を黙認してきた父親が、初めて口を開く。

「おまえ、いつまでもそのトシでいるつもりか?」

 電話を切られて、私はその場にへたり込んだ。


 次の朝、予定通り、事務所に電話を入れた。

 届け出も何も必要ないと言われて、アニメ声を武器にアイドルを目指す人生は終わった。

 続いて昨日の電話番号に返信すると、すぐさま例の移動劇団に用件を告げる。

「申し訳ありません、せっかく採用していただいたのに……」

 あの美女の澄んだ声が、私の話を静かに遮った。

「その場でお待ちください。すぐに参ります」

 押しかけられてはかなわない。

 電話が切れたところで、実家に逃げようと腹を決めた。

 持てるものだけスーツケースに詰め込んでいるうちに、はたと手が止まる。

 仮縫いの、ステージ衣装。

 とりあえず置いていくことにしたところで、アパートの外で急ブレーキの音がした。

 何事かと部屋のドアを開けてみると、階段の下に2トン車くらいのトラックが止まっている。

 そこからツナギ姿で駆け出してきたのは、オーディションで会った不細工な男と、巨乳の美女だった。

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