第15話 芸能事務所から戦力外通告されましたがクビは免れ、後進指導とは名ばかりのリストラ対象者に回されました

「え……これって」

 それは紛れもなく、新しいステージ衣装だった。

 社長は、めったに見せない笑顔を浮かべていた。

「受け取って……遠慮なく」

 涙をこらえて何度も頷きながら、抱きしめた衣装を何度となく撫でる。

 そのふわりとした肩の辺りが、今にもほつれそうなのに気付いた。

「これ……仮縫いなんですけど」

 社長の顔から表情が消えた。

 抑揚のない声が、あの面接担当のような素っ気ない口調で告げる。

「舞台衣装あげるから、未払いのギャラはチャラってことで」


 普段のホーソンに何かとイラつくのは、昔の事務所の社長にどこか似ているからだ。宿屋で支払いがタウゼンテ持ちになったと知るや、普段は食わない昼メシを豪快に平らげると、稽古に入った。

 まず、ステージの上に並んで発声練習をする。


  あめんぼあかいな アイウエオ……。


 私のいた世界から拾ってきたらしい北原白秋の詩、『五十音』だ。

 意味のない言葉遊びは、異世界ではなおのこと、何のことだか分からないだろう。

 それでも、さすがにルイレムさんの声は、エルフならではの美しさだった。

 思わず聞きほれてしまいそうなところで、イフリエの声が不思議にハモる。

 少年アイドル並みのハイトーンで、魔法にかけられたような気分になる。

 それでも正気を保っていられるのは、獣の声が混じっているからだ。

 言わずと知れたホーソンの声なのだが、この混声合唱を初めて聞いたときが、私の運命の曲がり角だった。

 

 事務所を出て行こうとすると、社長が慌てて呼び止めてきた。

「クビってわけじゃないんだよ! 実はさ……」

 言われるままに向かった先は、私が卒業した高校の演劇部だった。

 早い話が、芸能活動の最前線から、後方支援の新商売に回されたわけだ。

「すごい! オーディション受けたらどう?」

「お世辞はやめてください」

 相手のスキルも知れているので、とりあえず褒めておこうと思ったが、下手なことを自覚しているのなら、話は早い。

 とりあえず、あのオーディションで受けた付け焼刃のレッスンの受け売りでお茶を濁すことはできたが、生徒の不信感たるや、帰りがけに、年老いた顧問がいらぬ気遣いをしてくれるほどだった。

「やっぱりすごいねえ、麻美ちゃん……オーディション受けたらどう?」

 恥ずかしくて、もう受けましたとは言えなかった。

 ありがとうございます、とは答えておいたが、まさか事務所にオーディションを紹介してくるとは思わなかった。


 次元移動劇団「異世界」……。


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