第2話 母校でおだてられて事務所から再び受けさせられたオーディションをリストラの罠と知りつつも熱くなりました

 言われるままに向かった先は、私が卒業した高校の演劇部だった。

 早い話が、芸能活動の最前線から、後方支援の新商売に回されたわけだ。

「すごい! オーディション受けたらどう?」

「お世辞はやめてください」

 相手のスキルも知れているので、とりあえず褒めておこうと思ったが、下手なことを自覚しているのなら、話は早い。

 とりあえず、あのオーディションで受けた付け焼刃のレッスンの受け売りでお茶を濁すことはできたが、生徒の不信感たるや、帰りがけに、年老いた顧問がいらぬ気遣いをしてくれるほどだった。

「やっぱりすごいねえ、麻美ちゃん……オーディション受けたらどう?」

 恥ずかしくて、もう受けましたとは言えなかった。

 ありがとうございます、とは答えておいたが、まさか事務所にオーディションを紹介してくるとは思わなかった。


 次元移動劇団「異世界」……。


 紹介されたものを受けないわけにはいかない、というのが事務所の理屈だった。

 だが、腹の内は察しがついた。

 落ちたら落ちたで自信を無くして辞めていくだろうし、受かったら受かったで、移籍とか何とか理屈をつけて押し付けてしまえばいいといったところか。

 そう思ったとき、私の怒りに火がついた。


 ……やってやろうじゃん!


 次の日、私はそのオーディション会場にいた。

 指定された所番地辺りのバス停で降りたが、それらしい建物はない。

 路地をぐるぐる回って気が付くと、戦時中から建っていたんじゃないかと思うような、壁の焼け焦げたビルがあった。

 その前に、帽子の庇を目深に降ろした男の子が立っていて、私を中へと案内してくれた。

 オーディション会場と思しき薄暗い部屋に乱雑に散らばった折り畳み椅子に、顔のよく見えない受験者たちに混じって座る。

 そこへ入ってきた男のほうは鼻が低くて不細工だったが、タイトスカート姿の女の方は看板役者なのか、ものすごくスタイルが良かった。

 男に目配せされて、女は澄んだ声でオーディションを始めた。

「まず、ご起立ください」

「そのまま、息を聞かせてください」 

「そのズボンを履いたり脱いだりしてください」

「では、何でもいいので、得意な歌をお願いします」

 何のつもりか分からないが、罰ゲームまがいの恥ずかしいマネまでさせられて、私は少なからず苛立っていたので、ここぞとばかりに持ち歌を披露する。

 ……つもりだった。

 ところが、この古いビルの薄暗い一室を満たしたのは、想像を絶する騒音だった。

 他の受検者の声ときたら、音痴なんてものではない。

 人外の野獣が何頭も吼えているような……。

 そのとき、再び私の心に火が付いた。


 ……負けるもんか、こんな連中に!

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