総攻めをお求めならば“モブおじさん”へ

おくとりょう

便所で

「なぁ、『総攻め』って何?」

 タカシは急にそう尋ねてきた。二人分の排尿音が響く薄暗い公衆トイレ。“小便しながらこいつは何を言い出すんや?”と思った。

 黙っていてもしょうがないので、とりあえず、「たぶんBLのヤツ。『攻め』はチンコを突っ込む方の人のこと」とだけ答える。

 BL好きな姉のせいで多少はそういう言葉の意味が分かる。ただ、姉によると『チンコを挿れるかどうかより心持ちが大事』らしい。だからもしさっきの言葉を姉に聴かれたら、きっとわけの分からない『男×男の激重感情談議』とやらを延々と聞かされて、人気少年漫画の二次創作を山ほど読まされるだろう。――本編ではほとんど関わりがない男キャラ同士の濃厚な“絡み”が描かれたBLアンソロジー……。以前にも読まされたことがあるから想像にかたくない。あのアンソロジー本のおかげで俺は少年漫画を卒業した。


「じゃあ、『総攻め』ってのはみんなにチンコ突っ込む人のこと?」

「ん~~、まぁそんな感じ。ボーイズラブって、キャラクターの組み合わせで攻めの役が変わったりとかもするらしいんやけど、誰に対しても攻め役の人を『総攻め』って言うらしいで」

「ふぅーん」

「って、おい。小便しながらスマホ触んなや。汚いやろ」

「んー?あー、防水やから大丈夫」

 何が大丈夫なのかさっぱり分からん。『防水やから大丈夫』って最終的にスマホに小便かけるつもりなんか?意味分からんわ。やめとけや。

 そうこうしているうちに、自分の尿を出し終わったので、先に洗面台へと向かう。タカシのスマホには今後触らないようにしようと思った。



 ――ぷるるるる……ぷるるるるるる

 手を洗ったついでに、髪型をちょっと直していると、電話の鳴る音が小さく聴こえた。振り向くと、まだ小便をしているタカシが電話をしていた。

「誰に電話してんの?てか、小便し過ぎちゃう?脱水状態になるで」

「いや、小便はもう終わったんやけどな」

「ほな、はよ手を洗え」

「ちゃうねんちゃうねん。ほら、これ。ちょっとこれ見てや」

「何がどうちゃうねん。ちゃうことあらへんわ、さっさと手ぇ洗えや。ついでにスマホも洗っとけ」

 ぼやきながら、彼の指差す方を見ると壁に『

 総攻めをお求めならば“モブおじさん”へ』と落書きがあり、その下に電話番号が書いてあった。

「何か面白そうやし、ちょっとかけてみよかなーと思って。――ぁ、もしもし?モブおじさんですかぁ?」

 目玉をくりくりしながら、タカシがそう言ったとき。

「はい。モブおじさんです」

 と落ち着いた声がトイレの中に響いた。電話越しの声ではなかった。息を呑んで、タカシと目を合わせると、個室から水の流れる音がして、ガチャと扉が開いた。もわぁっと古い油のような香りが広がる。

「どうも、こんにちわ。モブおじさんです」

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