第27話 修学旅行が始まる
中間試験が終わると、6月の修学旅行の季節がやってきた。
長崎に3泊4日で行くこの行事は、生徒の誰もが楽しみにしている一大イベントだ。
学校全体が浮足立つ中で、私はかなり憂鬱だった。
「はぁ……前途多難だな」
机に突っ伏して愚痴をこぼす。
「どうしたんだ、そんなに浮かない顔をして」
横を通りかかった健太が私の声を拾った。私の気持ちが落ち込んだ原因はこの人にあるのに……呑気なものだ。
「自由行動の班が健太と一緒になっちゃったから嘆いているの」と私は正直に答えた。
くじ引きで決まった自由行動の班が、健太と一緒の5人の班だった。健太のことが好きな関口さんも一緒の班になって、彼女は嬉しそうだ。自由行動の班は男女2~3人ずつの計5人で構成される。せめて澪と同じ班になる少しの可能性に賭けて、くじ引きに挑んだが惨敗した。
「それは残念だったね」
健太は他人事のように言う。
「まあ……別にいいんだけど」と私は強がりを言って、ため息をついた。
「でもさ、俺は楽しみで仕方ないけどな、修学旅行。日本の文化を深く知れる機会なんて、そうそうない。アメリカにいたときは、修学旅行で他の州に行った。それはそれで良かったけど」
「そうなんだ」
そういえば、健太がアメリカで暮らしていたときの話はまだ聞いたことがなかったな。今度聞いてみるのもいいかもしれない。あくまでも敵情視察ということで。
「それに長崎には楽しい遊び場も多いからね。自由行動で行く場所も、俺は楽しみで仕方ないよ」
「それはよかったね……」
私は心の中でそっとため息をついた。
◇
そして、修学旅行当日。私たちは新幹線に乗って九州方面へ向かっていた。
私の席は窓側で隣には澪が座っていたが、彼女はイヤホンをして音楽を聴いているようだった。
私はうとうとしながら携帯を操作していた。
母からの『修学旅行の予定は?』というメッセージに返信を打ち込むと、私は深い眠りに誘われるように瞼を閉じた。
「寝ちゃってる」
そんな声が遠くから聞こえた気がしたが、瞼を開くことはできなかった。
次に目を覚ましたときには、もう乗り換えの博多駅に到着していて、車内にはクラスの仲間たちしか残っていなかった。
「おはよう」と隣の席に座る澪が声をかけてきて、私はやっと目を覚ました。
「ごめん、寝ちゃってた……」
「大丈夫だよ」
澪は私を気遣うように微笑んだ。
「そろそろ時間だから、降りる準備しようか」
澪は机に置いてあるボストンバッグに手を伸ばした。私もバッグを手に持つと、膝の上に置いた。
そして新幹線から降りて、私たちは担任の先生に先導されてバスに乗り込んだ。
車内は私たちのクラスの生徒で満員だ。
ガイドさんの話を聞きながらバスに揺られて、最初の目的地である平和公園に到着した。
修学旅行のスケジュールは3泊4日で長崎市内の観光スポットを巡り、3日目にハウステンボスを訪れるというものだった。このスケジュールは生徒からの希望が多く採用されたものであるらしい。自由行動の時間が増えるように配慮された結果だそうだ。
1日目の平和学習が終わり、ホテルに到着したのは午後六時を過ぎていた。
夕食を済ませると自由時間になったが、私は荷物をまとめると部屋を出た。
ホテルのロビーには健太がいて、ソファで熱心に新聞を読んでいた。
館内は私服で歩いてもいい決まりになっていて、健太はTシャツにジーンズといったラフな格好だ。健太の私服は教会で見た。あの時に事故とはいえ、密着して……。もう! どうしてそのことばかり思い出しちゃうの!?
「健太も部屋から出てきたの?」と私は平静を装って問いかける。
彼は新聞から顔を上げて私を見た。
「ああ。ちょっと読みたい記事があってね」と健太は答えた。
「そうなんだ」と私は相槌を打った。
なんだか今日は変に意識してしまう。健太とここで二人きりだからかな……。
「あと三十分で消灯時間だ。そろそろ部屋に戻ろう」と健太は立ち上がった。
「うん、そうだね」と私も頷いた。
私たちはエレベーターに乗って自分たちの部屋があるフロアまで移動したが、その間も会話はなかった。
そして、それぞれの部屋の前まで来たところで、健太が立ち止まった。
「じゃあな、おやすみ……」
彼はそう言って自分の部屋に入ろうとする。
「待って!」
私は思わず健太を呼び止めた。
「ん? なんだ?」
健太は振り返って私を見る。
「えーと……その……」
私は言いよどんだ。
「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」と健太が首を傾げる。
「……うん、ちょっとね」と私は頷いた。そして大きく息を吸い込むと口を開いた。
「明日の自由行動楽しみだね! 言いたいのはそれだけ! じゃ、おやすみなさい!」
と、私は一気に言い切った。
健太はポカンとした表情を浮かべていたが、ふっと笑みを零した。
「ああ。俺も楽しみにしてるよ」と彼は言った。
「うん! じゃあね!」と私は手を振って、自分の部屋に入ったのだった。
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