第19話 予告状を出す
『葵ちゃん! 調子はどう?』
澪からの通信だ。
「まあまあだよ。そっちは?」
私は耳を押さえながら話した。
通信は盗聴されないように、ノイズが走っている。
『こっちは順調に調査中だよ。この後は、神父の近辺の調査かな』
「わかった。お願いね。……そういえば、明日の朝に予告状、出してもいいかな?」
『ついに出すんだね⁉︎』
澪の驚いた声。麻薬の捜査が進んでいる件を伝えると、納得してくれた。
『わかった! そういうことなら、了解!』
「ありがとう。じゃあね」
通信を切って、健太に向き直る。
「という訳だから……探偵くん、明日は私のすることを見守ってね」
「はあ?」
「華麗に予告状を出してみせるから」
「いや、待て! 俺もついていくぞ! 怪盗ヴェールが予告状を出したとなれば、また世間を騒がせることになる」
健太の抗議を無視して、私はウインクする。
「今回は仲間でしょ?」
「そうだが……」
健太は不満げにしていたが、諦めたようだった。
◇
翌日の朝。
十数人の信者を前に、神父は早朝のミサを行う。
壁のステンドグラスの光が床を七色に染め上げた。
「人生とは選択の連続です。この朝、教会に来るかどうかも選択の一つだったでしょう。神の導きに従い、心の赴くままに人生を歩んでいただきたいものです」
後方の座席近くに身を潜めながら、私は「麻薬を手に入れるのか、拒むのも一つの選択だったはず」と冷静に考えていた。
本当に神の導きに従っていたとしたら、麻薬の誘惑を拒めたのではないか。神父の言葉は、説得力に欠けて薄っぺらいものに聞こえた。
私は誰も見ていない隙を狙って、腕に力を込めてカードを投げた。
カードはクルクルと回転しながら座席に座る信者の体を縫って、神父の顔の横を通る。
神父は風を切る音に気づいたのだろう。聖書に視線を落としていた目をハッと上げた。
「な、なんだ!」
神父は叫んで後ろを振り向いた。信者たちもカードの存在に気づいてざわつき始める。
困惑した神父は、壁に突き刺さったカードを手に取った。
「あ、あれは!」
「怪盗ヴェールの予告状です!」
「神父さま……」
私は警戒されないように信者たちの後方で待機し、成り行きを見守った。
神父は懐からハンカチを出して冷や汗を拭いた。そして微笑む。
「神聖なる教会に、怪盗ヴェールからの予告状が届くとは。しかし、これも神の試練かもしれません。私はこの身を犠牲にしてでも、この修道院の平和を守る決意です」
神父はステンドグラスの光を浴びた後、信者たちに振り返った。
「あなたたちはこの修道院から離れ、そして祈りを捧げてください。ミサは中止にして、私はこれから怪盗ヴェールの侵入に備えます」
神父の言葉に信者たちは頷くと、一斉に席を立った。「神父さま! お気をつけて!」という声の中、神父は微笑む。信者たちが退室していくのを見送る。
「シスター、警察に連絡してください。怪盗が来るのは明日です」
「わ、わかりました!」
シスターが慌てて去っていく。神父は礼拝堂を振り返って呟いた。
「怪盗ヴェール、あなたを歓迎しましょう」
ステンドグラスの光を浴びる神父に、私は少しだけ寒気を覚えた。
礼拝堂にはステンドグラスの光だけが残った。
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