第8話 放課後の教室で

 先生に呼ばれて、日直だからという理由で雑用のお手伝いをさせられていたら、あっという間に放課後になっていた。

 先生からは「みんなには内緒だぞ」と女バージョンの怪盗ヴェールのファンだと聞いた。昨日の動画配信では男バージョンだったからガックリしたとも。

 

「みんなに言っちゃえばいいじゃないですかー」

「そんなわけにはいかないよ。とくにクラスには桐生くんがいて、捕まえようと頑張っているから。……俺は逃げ切ってほしいけどな」


 先生は苦笑いを浮かべていた。

「生徒には秘密にしておいてくれ」と念を押すように言われたので、私は返事の代わりにうなずいておいた。

 

「実は、私も怪盗ヴェールのファンなんです」

「本当かい? じゃあ、昨日も見てたのか」

「はい! 私、男バージョンの方が好きなんです。あのアクロバティックな感じがかっこいいなって思って」

 

 先生は嬉しそうにしていた。そして「また怪盗ヴェールについて話そう」と言ってくれたので、話を合わせて喜んでみせた。

 

「先生、じゃーねー」

 

 手を振って職員室を出て、荷物を取りに教室に行った。

 そこには、健太の姿があった。

 

「どうしたの、健太遅いじゃん」

「お前こそ」

「私は日直で先生の手伝い」

「俺は……なんとなくこのまま家に帰りたくなかっただけ」

「そうなんだ」

 

 私はカバンを持って帰る支度をする。健太も自分の荷物をまとめはじめた。

 昨日は怪盗ヴェールに逃げられたことが悔しいらしく、健太は今日ずっと機嫌が悪かった。クラスメイトもそれがわかっているので、遠巻きに見ていることが多かった。

 

「葵は部活に入っていないのか?」

「私は帰宅部。健太は部活に入らないの?」

「俺は怪盗ヴェールを捕まえるのに忙しい」

「……昨日だって捕まえられなかったヘボ探偵なのにね」


 健太は眉毛を釣り上げた。怒っても顔が整っているから迫力がある。

 

「な、なんだと! それは裏をかかれて」

「努力が足りないんじゃないの?」

 

 そこまで言って、しまったと思った。今は私たちを止めてくれる澪がいない。このままでは、泥沼の喧嘩になっちゃう。

 健太は歯ぎしりして悔しそうにしていたが、急に一歩引いてきた。


「葵は……中学のときの部活は何やってた?」

「演劇部だったけど……」


 話を変えてくれたのはありがたかった。

 喧嘩を回避できたら、私も回避したかったからだ。険悪な関係になりたいわけじゃない。本当は何も知らない他人でいたい。同級生という時点でそれは難しいけれど。

 

「どうして高校でも演劇部を続けなかったんだ?」


 鋭い。怪盗ヴェールの任務をこなすためです……とは言えない。

 どう答えようかなぁ。

 返答に迷ったのは一瞬だったけれど、健太はニヤリと笑った。


「目が右上を向いたのはごまかそうとしたサインだな」


 うわぁ。素の状態になると本当にダメだな。態度でバレバレになっちゃう。

 何か考えるときは下を向くのが無難らしいと、どこかの記事で読んだのに。


「どうして演劇部を辞めたのかって? それは、中学の濃い三年間でやり切ったからだよ」


 嘘の中に真実をトッピングすることにした。裏付けがしっかりしていれば、健太を納得させられるはずだと踏んだからだ。


 演劇部では従姉妹の澪と一緒にたくさんの思い出を作った。日々の朝練で体力をつけたり、合宿したり、体育祭では仮装して潜入したり、文化祭では即興の舞台をしたり。どの舞台も盛況で楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいのになと思っていた。

 この稼業がなければ、きっと高校でも演劇を続けていたはずだ。


「やりきったのか。完全燃焼することってあるよな。俺も中学では陸上をやってたが、高校でも続けようという気にはならなかった」

「健太は陸上してたんだね」


 俊足に磨きがかかっているってことね。健太は窓の外を見ている。私も健太の視線の先を見つめたら、陸上部が走り込んでいるところで、ゴールした瞬間が見えた。

 

「アルバイトはしているのか?」


 ふと健太が聞いてきた。

 これも変に嘘をつくと後で後悔するやつだな。


「季節ものの単発のバイトだけかな。クリスマスのケーキを売ったりとか」

「そのバイト先がわかったら、客として冷やかしに行ってやろうかな」

「健太には絶対に教えないー」


 私は歯を見せてニシシと笑った。

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