第4話 翌日の教室で
翌日の朝の教室では、昨晩出された怪盗ヴェールの予告状の話題で持ちきりだった。
共通の話題があるおかげで、クラス替えをしたばかりのぎこちない雰囲気はどこかへ消えている。
私はそれを聞き流しながら、平然とした顔で椅子に着席した。
「明日はヴェールさまどっちなんだろうね?」
女の子の誰かがそう言うと、クラスの数名がその話題に乗ってきた。
「今回はイケメン姿なんじゃないかな」
「私も美貌のヴェールさま見たい!」
「いいや、俺は女怪盗のヴェールさまだと思う!」
明日の怪盗ヴェールはどちらの性別で現れるか。クラスの男女でも意見が分かれる。
老若男女に自在に化けられる怪盗ヴェールは、とりわけ青年の姿は女性人気が高く、女性の姿は男性人気があった。
「秋山さんはどっちだと思う?」
前の席の女の子が体を向けて声をかけてきた。
「そうだなぁ……最近その姿を見てないから老婆とか。……イケメン姿も捨てがたいけど」
考えるふりをして、適当な予想。
老婆と言った瞬間に、すごく残念そうな顔をされたので話を合わせておいた。
この子、怪盗ヴェールのファンらしい。紅潮した顔を見ればわかる。
「イケメン姿カッコいいよね! 見た目がいいと、アイドルみたいに追っかけたくなるんだよね!」
「世間ではヴェールさまとか言われているよね」
「そうそう! ヴェールさまだね!」
話の腰を折らないように適度に合わせると、女の子は興奮して話し始めた。
正解が青年姿とは、私といとこの澪だけが知っている。昨日、そう話し合って決めた。
その理由は、女性人気のある青年姿の方が大量の動画配信者を呼び寄せて現場を混乱できるから。観客は多ければ多いほど良い。
女の子との会話にボロが出ないようにだけ気をつける。
でもなぁ……。怪盗ヴェールのことを話題にされると、どこか気恥ずかしい。怪盗ヴェールの姿になっているときは、恥ずかしいという雑念は消えるのに、変装を解けば運動神経が少々良いだけの高校生に戻ってしまう。
と、話の流れが急に変わった。
「怪盗が現れるなんて、すごく怖い……」
関口さんがそう言うと、一転してクラスの人たちから同情的な視線が集まる。
怪盗ヴェールの予告状を送った、出雲崎美術館の館長の娘だからだ。
「そうだったね。家族のものが盗まれると思うと怖かったよね。話題にしちゃってごめんね」
女の子の一人がそう言うと、数名が「ごめんね」と謝った。
賑わっていたクラスは、ヒソヒソと声を潜めていった。
「関口さん、俺が怪盗ヴェールを捕まえるよ」
健太が関口さんの横に立って言った。
関口さんは嬉しかったようで、「桐生くん……」と言って目を潤ませているのが見えた。
続けて拳を握り締めて、健太は口を開いた。
「男か女かわからないやつの正体を暴いてやる」
健太はクールな性格かと思いきや、怪盗ヴェールに関しては熱くなるようだ。
周囲からは親しみを持って「さすが警察官の息子は違うな!」と拍手が起こった。
……警視総監の息子だけどね。健太の親がお偉いさんだとは知られてないみたい。
「……そんな簡単に捕まえられるのかしらね」
私はついポロリと嫌味を言ってしまった。ムッとこちらを睨んできた健太の顔を見て、失敗したことを悟った。
教室では大人しくしようとしてたのに!
だけど、健太が本当に怪盗ヴェールを捕まえられるのか、と疑問を持っていた人もいたようで、私をとがめてくる人はいなかった。ああ良かった。
「秋山……言ったな。それなら、怪盗を捕まえられたら、今の発言を撤回しろ」
「捕まえられたらね」
「……人をバカにするのもいい加減にしろよ?」
「まあまあ、葵ちゃんも、桐生くんも落ち着いて……」
私たちをよく知る澪が優しく仲裁してくれた。
そういえば、小学生の時には健太とよくこんな喧嘩して、そのたびに澪が間に立ってもらっていたなぁ。
顔を合わせれば喧嘩って、あの時から全然変えられない。
「はぁ。大人気ないことを言っちゃったわ……」
私がわざとらしく息を吐くと、健太も意地悪そうな顔をした。
「こんなやつの言うことは、聞き流しておけば良かったな……」
馬鹿にされたのを察知した私は、眉をピクリと動かすが、澪から「葵ちゃん!」と切実な声が聞こえてくる。私は意識して呆れた顔を作った。
「私もこんなやつの相手しているほど、暇じゃないしね」
「不本意だが、俺も同じ気持ちだ」
私たちの間に激しく火花が散って、お互いプイと顔を背ける。
ヒートアップした熱を止められる者はもういない。
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