1月 映画

 理玖は怖がりなのにホラー映画を見たがる節がある。


「なんで?」


 トイレの扉を見つめながら俺は尋ねた。


「だって生きてるって感じするじゃん」


 なかなかにファンキーな回答だ。自宅でのDVD鑑賞の後、毎度毎度母親のようにトイレに付き合わされるこっちの身にもなってほしい。


「お待たせ」


 水を流す音と共に扉が開いて理玖が出てきた。手を洗いに洗面へ向かうので、その後についていく。


「それにさ、真輝だってホラー映画好きじゃん」

「え? 俺が?」

「うん」


 首をひねると、「自覚ないの?」と理玖が続けた。


「怖いシーンで絶対爆笑するだろ」


 そう言われれば合点がいった。なんてことはない、ただのおかしな癖なのだ。


「あれはさ、違うんだよ。お笑い的な面白さっていうか、くるぞー、くるぞー……キター! みたいな楽しさ?」


 圧倒的なジト目が俺をとらえる。どうやら全く理解できないらしい。


「まあ、いいけど」


 しばらく険しい顔をしていた理玖だったが、やがてため息をひとつ吐いて肩をすくめた。


「俺、真輝のそういうところ見ると安心するんだわ。おかしいのは自分だけじゃないんだって」

「まあ人間なんてね、皆どこかちょっとずつおかしいもんでしょ」


 なにそれ、受け売り? と理玖が笑う。俺がピンとこないでいると、とある映画に出てくるセリフなのだと教えてくれた。


「本当に知らないで言ってたの?」

「うん。俺もともと映画とか全然観ないタイプだし。ホラーだけだよ」


 お前が観せてくるから、とつけ加えると、理玖はなんとなく嬉しそうに唇を尖らせた後、こちらを見上げてにやりと笑った。


「それはな、人生損してるぞ」


 突如始まった三十分に渡る力説に負けて、次の週末は理玖おすすめの映画を何本か観ることに決まった。ホラー以外で、だ。


 映画よりも買ってくるポップコーンの味につい興味がいってしまう俺だけれど、頑張って付き合おうと思う。

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