金勘定

@rabbit090

第1話

 「水飲んだか?」

 「飲んだよ。」

 「そうか。」

 「あのさ、何でそんなとこ行かなきゃいけないわけ?」

 「聞くな、もうすぐ着くから。」

 「はあ…。」

 父は、ぶっ飛んで意味の分からない奴だ。

 私を連れてどこへ行くというのか、いきなりレンタカーを借りてきて(マイカーは無い…)、「行こう。」とだけ告げた。

 ただでさえ、眠いって言うのにこの人は、全く仕事しろよ!と思っていた。

 そして、何度も何度もコンビニに寄ったり立往生をしていて、でもやっと辿り着いたそこは、

 「え?どういうこと?」

 「ごめん、こうなっちゃった。」

 父の実家だ。

 まさか、最近母が帰ってきてないと思っていたら、まさか、出て行ったのか。兆候はあった、そもそも私は母を信用していない。

 父がダメだから母が暴走するのか、もうどちらでもよかったんだけど、最悪だ。

 「私転校したくない。」

 「ごめんって。」

 私は、父のその気安さが羨ましかった。

 いつも緊張に緊張を重ねたような自分と違って、ぼうっと、脱力している。(正直分けて欲しいくらい。)

 「はあ、もう!」

 怒ったって仕方ない、日常はもう、始まろうとしていた。

 

 「ねえ、早く食べてよ。」

 「待って。」

 困ったような顔で、私を見つめているのは祖母だ。

 祖母はいつも、しかめっ面で何かに不満を持っている。

 「じゃあ、行ってきます。」

 初登校だって言うのに、誰も干渉してこない。父は地元に戻ったことで、そこの友人や(嫌だけど女の人もいる…。)と毎日楽しそうに飲んだくれている。

 祖母は、そんな父を見て、「しっかりしろ!」と尻を叩いていた。

 馬鹿らしいけれど、これが私の日常だった。

 逃れたい、とはあまり思わない。私には意欲など無かったし、そもそもこんな奴らばっかりの大人になんて、なりたくなかった。

 「初めまして、転校してきた山本です。」

 「よろしくお願いします、ね。」

 担任の女性は、キレイな人だった。

 キレイは髪に、キレイな声、キレイな顔、体、表情、エトセトラ。

 しかし、この人父の女性友達だった、気付いていないだろうけれど、私は見た。

 父は、鼻の下を伸ばして、彼女のことをじろっと見ていた。

 「この野郎、この野郎。」

 「何してんのよ。」

 「金とられた。」

 「あんたが取ったんじゃないの?」

 祖母は真顔で問い詰めた。でも、

 「母さん、知ってんだろ?俺はとるんじゃなくて、とられる方!」

 「はあ…。」

 祖母のため息は深い、そりゃあ、取る人間にならないだけいいけれど、父はいつも、誰かに出し抜かれるような男だった。

 (だからこそ、仕事が長続きしないのだと思う。)

 「お父さん、どんまい。」

 「…さんきゅ。」

 父と私の関係は、そんな感じ。

 もうどうでもいい母とか、新しい学校とか、多分上手くやっていける。

 だって、私にはすべてを乗り越える力があるから。

 それは、この前偶然手に入れたの。

 いや、偶然ではない、私はずっと願っていた。

 だからこそ、耐えた。

 耐えたのだ。

 その、ご褒美で、いくら辛くても、消せなくても、私には、この手に収まらないほどの大きな大金がある。

 一人で、この街を見渡せる崖の上に立って、私は言った。

 「ざまあみやがれ。」

 生意気だって言われても、これは私でしかないのだ。

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