便利すぎる世界は逆に不便だと思うのは私だけですか?

ゆずもも

第1話 便利な世界です

魔道具、通称『魔具』は魔力を使って動かす人工的な道具。

その種類は人間の日常生活を補助する物から、魔物に攻撃を与える物まで多種多様で、現代は何をするにも魔具が使われていると言っても過言ではない。

むしろ生活の基盤になっていて、自身の魔法を駆使して生活を営んでいる人の方が少ないだろう。

それは魔物との戦闘時も同様。自身の武力や魔法などは使用せず、ほぼ魔具だより。ただ、魔具を使って魔物を殺しても経験値は入らないため現代人は驚く程レベルが低いが、そもそも魔具のお陰で魔物を寄せ付けないためレベルが低くても問題にはならない。

もはや魔法を超えた魔具の発達により、私たちの生活は支えられ何不自由ない生活を送っている…一部の人間を除いては。

その一部である私は今、職場で使用している魔具を前に眉間に皺を深く刻み、殺意すら含んでいそうな視線を向けていた。



「というわけで、ダンジョンの入場者の管理は今後この魔具を使って下さい」

「…レンさん、入場者管理の魔具は半年前に変わりましたよね?それなのに、また変わるんですか?」


私にとっては死刑宣告のような言葉をサラリといった同期に、憎しみが漏れ出していそうな低い声で確認を取ると、無情にも彼は軽い面持ちで頷いた。

氷をイメージさせるような薄い水色の髪と銀縁の眼鏡のせいか、彼の言葉が一割増しで冷徹に聞こえる。



「はい。魔具は日々進化して性能が高くなっています。効率的な仕事をするために、それを利用しない手はないでしょう」


さも当然というような声色に、私の頭の中では『ブチッ』っと何かがキレかけた音がする。

確かに効率的になることもある。しかし、魔具に依存した効率は本当の意味で効率的なのだろうか?

魔具のお陰で私たちの生活は便利になった。だが、過ぎたるは及ばざるが如し。

最近は利便性以上に問題が増えている気がしてならない。

魔具が増え普及した分、魔具特有の犯罪も増えた。行動範囲や選択範囲が広がった事で、選びきれない量の選択肢から選択をする事を強いられる。

自分が接する世界が広がった事で、本来なら知らなくても良い知識や情報を取り入れなければいけなくなった。手軽に連絡が取れることで、昼夜問わず時間を取られる。

私たちは一見豊かな生活をしているようで、実はストレスフルな生活を営んでいるのでは?とどうしても考えてしまうこの頃。

私自身も少なからず享受しているので、魔具が無くなれば良いとまでは思わないが、そろそろ『もっと』は止めて『満足』したらどうかと考えてしまう…。

ならば『もっと』の魔具を使わなければ良いのでは?と言われるかもしれない。でも魔具を使うのが当たり前の現代では、それが許されない事が多々ある。

その一例が、仕事。

私の職場は専用の魔具が使えなければ仕事にならない。そしてそれは、今の様に強制的に新しくなっていく。



「それに、いつまでも古いものを使っていては、新しい魔具を利用した犯罪に対応できませんからね」

「…わかりました」


補足された言葉に、平然を装った声色でそれだけを返した。

『犯罪に対応するため』と言われては何も言えないが…生粋の魔具オタクである同期が魔具開発業務に加わってから、確実に魔具を入れ替えるタイミングが早くなっている。

しかも見当違いな変更が多く、必要な変更だとは思えない事ばかり。



「では、今日からはこの魔具の利用してください。変更箇所の使い方は社内連絡用魔具に記載しておきましたのでご確認をお願いします」

「…はい」


嬉々とした様子で自分の席に戻って行ったレンに、内心でため息と少しの悪態をつきながら変更された魔具を起動する。

続いて社内の人間のみが使える連絡用の魔具を起動し、それぞれの魔具から浮かび上がったモニターを交互に見て、小さく舌打ちした。



(変更箇所?まるっきり別物じゃんっ!!)


新たな魔具は今までの魔具と機能面は大差ない様だが表示も手順も全然違う。

情報入力の手順、画像の添付方法…むしろ以前と同じ箇所を見つける方が難しい。にも関わらず、社内連絡用の魔具に記されていたのは今回追加されたらしい機能に関してだけでさらに腹が立つ。

魔具が変更されるということは、私にとって仕事を一から覚え直すに近い。

前回の魔具だってようやく使い方に慣れ、最近になって自分のやり方を掴んできたというのに…それがまた最初から…

しかもそれが『動画を添付するため』なんて正直どうでもいい機能のためだったのがさらに怒りを増幅させる。

犯罪対策どこ行った?それとも内部でしているのか?

やはり見当違いだった修正にデスクの前で静かに殺気を倍増させていると、背後から低くて柔らかい声が聞こえてた。



「どうしたのサヤさん?横顔から殺気が漏れてるよ」

「ヒロさん!いつの間に?というかそんなに怖い顔してました?」

「うん、可愛い顔が台無し」


反射的に肩を震わせながら振り返ると、ヒロは爽やかな笑みで頷いて、歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく囁いた。

炎のような赤い髪と透き通るような白い肌。モデルのような高身長。立場的には後輩だが、年上の為口調はフランクだ。ちなみに容姿は世間一般的にはイケメンの部類に入るのだと思う。

人によってはキュンとするようなセリフを吐かれたが、私は引き攣った笑みを浮かべた。

漆黒の黒髪に真っ赤な瞳。幼少期は悪魔のようだと揶揄われた。さらには常にうっすらと見えるクマ、そして親戚の子供に指さされながら数えられた事がトラウマになっている黒子。決して誉められるような容姿ではない。



「ヒロさん、反応に困るのでお世辞はやめてください」

「お世辞じゃないけど…それで、何をそんなに怒っているの?」


ピシャリと言うと、ヒロは困り眉を浮かべつつ緑色の瞳を動かして、私の手元の魔具を見た瞬間に『あぁ』と納得する。



「もしかしてまた魔具が変わった?」

「はい。やっと覚えたのに…また最初から覚え直しだと思ったらつい…」


相変わらず察しがいいヒロに弱音を吐きかけて、慌てて止め無理やり口角を上げる。



「でも、これも仕事なのでまた覚えます!幸い今日はダンジョンが休みの日ですし!」


空元気で拳と笑顔を作った。

私の職場でもあるダンジョンは、どこからともなく魔物が湧いて出てくる地だ。

魔物を倒すと、ごく稀に魔力が凝縮された石が手に入ることがあり、それは魔具の材料として使われる。魔具が蔓延るこのご時世では高額で取引される代物なので、一攫千金目的でダンジョンに入りたがる人が一定数いた。

私たちの仕事はそういった客と安全性の管理だ。

今日は安全のための自動迎撃用魔具の動作を確認する日でダンジョンは休み。一般客の対応をしない分、この魔具の使い方に集中できる。



「頑張ってね。サヤさんなら出来るよ」

「ありがとうございます」


励ましてくれたヒロにお礼を言って私は魔具と向き合うが、刷新された画面にため息を漏らす。

何もしなくても低下して行くやる気を上げるため、私はスーツの胸ポケットにそっと手を当てた。そこに入っているのは10代の頃からのファンであるジュンさんのコンサートのチケットだ。

奇跡のような確率で当たったチケットに服の上から触れると、いつも以上のやる気がみなぎってくる。



(よしっ!清々しい気持ちでジュンさんと会うためにも頑張ろう!)


意気込み魔具との戦闘準備を始めた時、社内に警報がけたたましく響いた。

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