第18話 嘘

 翌朝。『ルーナ』第四支部にマガリーを加えた連絡用メッセージグループにて、マガリーから「エフィーに試したい魔法が見つかった」と連絡があった。

 なので、ギールはエフィーを連れて急いで彼女の研究室を訪れた。


「それじゃあ、ギール君は出てってくれる?」

「えっ!?」


 そして早々に退場を告げられた。

 ギールは若干ショックを受けつつマガリーに問う。


「俺がここにいてはダメなのですか?」

「この魔法はね、エフィーちゃんの血を使って身体に直に魔法陣を描かなければいけないの。つまりね」


 マガリーはあやしげな笑みを浮かべた。


「上着を脱いでもらう必要があるのよ。まあ、エフィーちゃんが下着姿を見られても構わないっていうなら、別に良いんだけど?」


 一瞬、静寂があった。

 そして次の瞬間、エフィーの顔がカアアァと真っ赤になった。


「っ!? で、出て行きますっ……!」


 ギールは大慌てで研究室の外に飛び出した。

 ドア横の壁に背をつけてずるずると座り込む。はあ、とため息が口から漏れた。

 疲れがどっと全身にのしかかってきたようで、身体が重たい。


(あまり、エフィーとの仲を意識させないで欲しいな……)


 自分たちの関係は、死別で終わるのだから。自分とエフィーのどちらが先に死ぬのかは、まだ分からないけれど。

 ギールはスマホを取り出して、今朝マガリーから送られてきたメッセージに視線を落とした。


『この魔法ですが、結果が出るまでに早くても十日くらいかかると思われます。エフィーちゃんには、現代の環境に身体を馴染ませる魔法だと説明しようかと考えています』


 エフィーは自分とマガリーを信頼しているため、騙されているなんて思ってもいないだろう。


『————…………』


 エフィーが呪文を詠唱する声が、壁越しに微かに聴こえる。

 だが、この魔法が成功するかどうか、そして間に合うかどうかは分からない。

 代償の発動まで残り十三日。ギールにできる事は、ただ成功を祈る事のみ。


(だけど、もしもエフィーが生き長らえたとして……その後に俺が死んだら、あの子は今の俺と同じ苦痛を味わうはずだ……)


 大切な人を喪う痛みは、死んだ方がマシだと思うほどに耐え難い。

 ギールはグッと自分の膝を抱え込む。


(だとしたら、やはり十三日後に殺してあげた方が、エフィーにとっては幸せなのだろうか……)


 自分はエフィーと共に生きる事はできない。

 ならば、何も知らないままエフィーを死なせるべきなのか。それが、彼女に余計な夢を見させた責任なのだろうか。

 悩みが頭の中を回り続け、胸が締め付けられて痛い。

 エフィーの純粋な恋心。だけど今、ギールにとってその想いは苦しいものだった。


 あの子がここまでの好意を抱かずにいてくれたら、ただ命を救って終わりだったのに。

 こんなに悩む必要も、なかったはずなのに——。


『ギール君、もう入って来て良いわよ』


 マガリーの声が聞こえた。正直動きたくなかったが、無視するわけにはいかない。


「分かりました。今行きます」


 苦悩を無理やり抑えつけて、ギールは立ち上がると室内に入った。

 マガリーが優しい表情をこちらに向ける。


「魔法はちゃんと発動したわ。あとはエフィーちゃんの体調に異常がないか、よく見ててあげてね」

「了解です。ありがとうございました」


 挨拶を交わしてから、ギールはエフィーを連れて研究室を後にした。


「あ、あの、ギールさん」


 廊下を歩いている最中、エフィーが話しかけてきた。

 何だか緊張した様子で、彼女は上目遣いをこちらに向けていた。


「わ、私は別に、ギールさんにだったら……」


 言っている途中でどんどん顔が赤くなって、最終的にエフィーは俯いてしまった。


「すみません、何でもないです……」

「どうした? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です……! 本当に何でもないですのでっ!」


 わたわたと首を横に振るエフィー。

 きっとこの子は、「見られても構わない」といった趣旨の言葉を続けるつもりだったのだろう。

 上着を脱いで、下着姿になる事に対して。

 その懸命なアプローチがギールを苦しめているなんて、思いもせずに——。


「そうだ、この後はどうしようか」


 ギールは穏やかな表情を取り繕って、話題を転換した。

 エフィーがほっと吐息をついたことにも気づかない振りをして、話を続ける。


「お休み貰ってるし、どこか遊びにでも行く?」

「はいっ」


 エフィーが頬を染めたまま嬉しそうに頷いた。

 この先の悲劇なんて知らない、無邪気な笑顔だった。

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