第9話 隠讔司


「ッ…!」声にならない叫びを

上げた辻浦の前には、この世には

絶対にあってはならない


 酷く忌わしいモノ が。


それは、暗闇から湧き出たような

黒く焼け焦げた人体に見えた。

 頼りないスマホの明かりの中で

確かにそれと認識できる。消炭の

ようになった表面には縦横に赤い

亀裂が走る。間違いなく ソレ は

人の姿をしていた。


       いや、マジか。


「てめぇ。ふざけんな。」

一言、低い声で威圧する。と、

ソレ は振り向きざまに

ドシャリと地面に崩れた。


これほど鮮明に 見えた 事は、

今まで一度もない。


「お、鬼塚さんッ!」辻浦が酷く

情けない声を上げる。


それに呼応する様に、周りに点在

していた陽炎のような闇は、異様な

姿を結び始めている。


   彼にも、見えてるのか?


黒く焼けて焦げたモノ。頭部から

顔面にかけて潰れてひしゃげた

血塗れのモノ。殆ど血の気のない

身体から血の川を引きずるモノ。

伸びた首を傾げながらこちらを

見つめて佇むモノ。嗤いながら

暗い眼窩から血を流すモノ。


まるで趣味の悪いお化け屋敷だ。



「…どうか、したんですか?」

訝る望月の背後に、黒い異形が

覆い被さり嗤っている。


バシッ ピキッ  ガン 

ガンガン ガン


「え、どうしたんですかッ⁈ 」

恐怖が限界を超えたのだろう。

完全に取り乱している。

「な、何なんだよ、この音は!

何とかして下さい!刑事さんッ‼︎」

「…お、落ち着いて。単なる、

停電ですから!」辻浦が応えるが、

その声も震えている。


何とかするにも、真っ暗な

フロアに閉じ込められているのだ。

スマホの明かりだけが頼りだが、

本来の使い道からしてみれば

機密性の弊害の方を被っている。

 尤も、外部への連絡手段など、

とっくに断たれているのは容易に

想像がつく。

 そうこうしている間も異形達は

周りをぐるりと取り囲み始め、


      が、それだけだった。


 いつもそうだ。この異形達も。

決して私を攻撃しては来ないのだ。

 只、こっちを見ているだけで。


「とにかく、ここから出られない

事には!完全な機密性があるなら、

そのうち酸素も供給されなくなる。

その可能性、ありませんか?ましてや

もし万が一にも…」

 辻浦はその先を言い淀んだが、

続きは予想できた。


      万が一にも、火が。


そう思ったからこそ、口にするのを

止めたのだろう。良くない予感も

強ち、正解かも知れない。


同時に、太田の手許を見遣る。

「太田さん、それ。スマホで

充分ですから。もう、しまって

貰えますか。」

「…そうだな、もういいか。」


バキッ ミシッ ピキッ 

  バキバキッ


室内には可燃物は見当たらない、

にも関わらず。突然、フロアの

中心で大きな火柱が上がった。

 同時に、慌てて飛び退る。


「ひ、火が!何で突然、火が⁈」

望月は半ばパニックになって

入り口の方へと身を捩るが、

その背には相変わらず黒焦げの

異形が嗤いながらべったりと

貼り付いている。

「…もう、やめてくれよ‼︎

もう充分だろ!僕は、僕はもう…。」


  その時だった。


 急に入り口の自動扉が開いて。




「大丈夫……ですか?」

車で待機していた筈の国森が、

困惑した顔を覗かせた。   

         

  その、瞬間。


フロアに燃え上がった火の手が、

嘘のように消えたのだ。

それだけではない。

異形達の忌わしい姿さえも。



跡形もなく消え失せてしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る