異世界インベーダー~とにかくカレーが食べたい~

うみ

第1話 発見!

「うまい。やはり一年の始まりはカレーに限る!」


 ジャガイモ、ニンジン、そして豚肉。全て均等の大きさに整えられていることが玉に瑕ではあるが、カレーはカレー。

 やはり、カレーはいい。

 人類が宇宙に進出してから早……ま、まあ結構な時間が経過している。宇宙空間でワープを繰り返していると季節感どころか年月の経過も希薄になるのだ。

 人が人であるための知恵と言えばいいのか、ともかく宇宙を旅する人間は皆それぞれ主観時間が一年過ぎるごとに何か特別な食事をとる習慣がある。

 俺の場合はそれがカレーってわけさ。

 人が美味しく食べているってのに無表情で眺めやがって。見た目はまごうことなき完璧な美少女。年の頃は18歳くらいに設定している(と本人が言っていた)。

 彼女はエメラルドグリーンのサラサラの長い髪に体にピタリと張り付く光沢のあるスーツに身を包んでいた。 


「何か?」


 じっと見つめていたら彼女は無感情に口元だけを動かす。


「スパランツァーニも食べる?」

「必要ありません」

「そう……」

「ご存知の通り、ワタシは経口摂取の必要がありません。ご存知の通り、『口に見える』だけです」

 

 「ご存知の通り」を繰り返すものだから、抑揚のない声でも皮肉っぽく聞こえるな。

 俺としては特に気になるわけではないし、むしろ、こうした人間ぽい会話をすることは精神衛生上良い。

 うんうん、と一人納得し黙っていたら彼女の右手の先がドロリと溶け始め、みるみるうちに右腕が服ごとブヨブヨしたスライム状の塊になり彼女の膝の上に乗る。


「分かった。分かったから、食事中に不定形になるのは止めてくれ」

「仕方ありません。了解しました。マイマスター」


 彼女の右腕が元の姿に戻った。

 見ての通り彼女は人間ではない。彼女は長く活躍したアンドロイドの次世代型「不定形人工生命体」である。

 生命体と称しているものの、アンドロイドのように高度な計算能力を持っていて、あらゆる機器に接続することができ、膨大な知識データベースを備えているのだ。

 人間と変わらぬ思考力も持ち、こうして自然に会話をすることだってできる。

 

「やはり、うまい。カレーは良いな。うんうん」

「中身は同じ培養細胞ですが、違うものですか?」

「本物のカレーを食べてみたいけど、ちょっとなあ……」

「そうでしょうか」


 あっけらかんと応えるスパランツァーニ。おいおい、船の中じゃ家畜はいないし、野菜だって育てるスペースなんてない。

 彼女が俺たちの今の状況を分かっていないはずがない。意地悪で言っている……可能性もないことはないけど。

 一言で俺たちの状況を表現するなら「迷子」である。

 重力だか何だかの事故で、天文学的な低確率に巻き込まれてしまってさ。別世界に来てしまったんだ。

 どれだけワープを繰り返しても地球と重なることがない別次元の空間と言えばいいのかな。戻る手段もない。古の物語風に表現すると「異世界」ってやつだ。

 別次元となれば宇宙航路図なんてものも、もちろん無いから……居住可能惑星を闇雲に探している途中なのさ。ずっと宇宙船の中というのも気が滅入る。

 やはり、人間、健康的で文化的な生活をするには大地に立って太陽の光を浴びないとな。

 

「いずれジャガイモを育てることができる星が見つかればいいな」

「ですから」


 ブウンという音が鳴り、光だけで構成されたディスプレイが現れた。

 そこには一つの星が映し出されている。地球に似た青と雲で覆われた美しい星だ。

 一見して地球に似ているからと言って、おいそれと喜ぶ気にはなれない。居住できると喜んで何度も裏切られているから。


「星……だよな」

「はい。数値を見てください」

「え、お、おお。これって」

「はい。大気組成、気温とも地球と酷似しております。宇宙服無しで呼吸も可能です」

「お、おおお!」

「許可なく不時着することは推奨されません。しかし、未知の惑星に対する許可申請を出すこともかないません」

「だな。まあ、せっかく見つけた星だ。行ってみようじゃないか」

 

 地球やステーションと通信しようにも別世界だもの。どうしようもない。

 通常、未知の惑星に着陸するには複雑な手続きを踏む必要がある。

 しかし、もはや別の宇宙にいる俺に惑星保護条約なんてものも関係ないのだ。一応船内を無菌化をしてから踏み込む予定だし、滅多なことでバイオハザードなんて起きないさ。

 ディスプレイに惑星到着までの時間が映し出された。

 残りあと23時間42分13秒。

 

 ◇◇◇

 

 あっという間に惑星周回軌道に入ったぞ。微妙な調整は全てスパランツァーニ任せである。

 いざとなれば座標さえ打ち込むことが出来れば全て自動で運行してくれるけど、航路図が無いのでちょいと俺には難しい。

 といっても、彼女が稼働停止するような状況になる前に俺が死亡するから俺一人で何かする、何てことを考える必要はないのだけどね。

 

「惑星表面は映せる?」

「本船から見える映像でしたら可能です。調査機を射出いたしますか?」


 ホログラム映像が二分割され、右手に惑星の様子が映し出される。


「ん、これって。街じゃないか!? さすがに人の姿までは見えないか」

「これ以上の解像度は不可能です。ご指摘の通り人工建造物が多数存在します」


 まさか知的生命体がいて、文明を築いていたなんて想定外だぞ!

 こうなれば調査機も出さねばならない。


 調査機から映し出される景色に息を飲む。


「人間そっくりだ。城や砦まであるな」

「犬や猫のような耳をした人型の生命体も存在します」

「確かに。こういう物語を読んだことがあるぞ」

「着陸を断念しますか?」


 即座に首を横に振る。着陸しないなんて選択肢などないのだ。

 せっかくジャガイモやニンジンだけじゃなく、家畜まで育てることができそうな惑星が目の前にあるというのに素通りするなんて有り得ないぜ。

 これほど都合の良い惑星なんて二度とお目にかかることはないだろうから。

 どうやらこの惑星はいわゆるファンタジーな世界観を持った感じだった。人間や獣人がいて、剣やら鎧やらを装備している。

 だったらモンスターもいるのかな、と探そうかとも思ったんだけど、後のお楽しみにとっておくことにした。

 これが後の悲劇を生むことになるなど、この時の俺は知る由もない。

 

「北極か南極はどうだろう?」

「人工建造物は皆無。北極は大地の上に氷となっているようです。南極は海の上に氷が張っているように見受けられます」

「なら北極に行ってみるか。発電にも都合がいい」

「承知いたしました。では、着陸態勢に入ります」


 地軸も地球と同じように傾いていて、ちょうど北極が一日中陽射しがある季節だった。

 太陽光発電をするに都合がいい。ここを拠点にして活動を開始するとしよう。


※久しぶりの新作となります。よろしくお願いします!

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