第4話 とんでもねぇ



「確かに私は魔女だけど、いい魔女を自称しているの。だから今回のことだって心底悪いと思っているし、償いを込めて呪いを解くためなら何だってするわ。そう、不眠不休で調べ物なんて当然の労働過ぎて何の贖罪にもならないわ」


 とんでもねぇ発言をした魔女様は、目を爛々とさせたままカサカサと私に近づいてきた。カサカサと。見た目しわくちゃおばあちゃんが俊敏な動きで。その動きが不気味…いえ不審すぎて失礼ながら後退ってしまう。いや発言もやばいしちょっと近づかないでいただきたい。

 魔女様に同行していた侯爵様が魔女様の行動を止めるくらい不審者だった。止められながらも視線を外さず、魔女様の口も止まらない。


「だけど決められた解呪法以外で呪いを解くのってもう本当に難しいのよ。正規法がなんで正規法なのかわかる? それが危険の少ない安全策だから! だからそれ以外の横やりは基本全部危険なのよ。危険も危険ね。幼児にそんなの試せないわ。だからって成長を待っているだけでサボっていたわけじゃないのよ。安全に別方向からの反則技はないかしらって探したんだから。ええ、探したわ。百年千年遡って資料を漁った。他国の情報だって漁ったし。滅びた文明だって紐解いてきたの。おかげで魔女なのに考古学者として栄誉を賜っちゃった」


 なんて積極性アグレッシブ

 でもって勢いが怖い。思いついて行動するまでの間が短すぎて何考えているかわからないタイプではなかろうか。

 ちなみにこの間、魔女様以外は誰も口を開いていない。一人で思考し完結するタイプでもあるのか、単に思考が垂れ流し状態なのか、私に近づくのは侯爵様に止められているけれどこっちを見たままマシンガントークは止まらない。怖すぎる。


「つまり何かしらなんだったかしら、そう! ついに見つけたのよ! なんと我が国で『夫にかけられた異形の呪いを解いた聖女』がいたこと! その子孫が細々と血を繋いでいたこと! 灯台もと暗しとはこのこと!! こんなに近くに神秘の系譜が存在したなんて! ―――あなた!メルヴィン子爵の子でしょう!」


 おっと待って? いやな予感がするぞ。


 魔女様曰く、呪いを解くために歴史を紐解いて、メルヴィン子爵家のご先祖に「異形となった夫の呪いを解いた聖女」がいたと突き止めた。真実の愛は特定の相手だけに許された万能の解呪法。しかし真実の愛が証明されることは難しく、実際に呪いが解けた物件は珍しい。だから魔女様は、真実の愛以外にも呪いが解けた理由があるかもしれないと考えた。

 しかし魔女は魔女でしかなく、貴族ではないので子爵家に連絡することは出来ない。ここはクロロス侯爵家から通達して研究の手伝いをして欲しいと依頼するつもりだった。今回の訪問はビオン様の経過観察もだが、その依頼もあったらしい。

 しかし何の因果か、メルヴィン子爵家の長女が世話役としてすでに侯爵家に居た。それを知った魔女様は周囲が止めるのを聞かず跳ねるようにしてビオン様の部屋まで来てしまった。外が騒がしかったのはこれが理由らしい。

 そして世話役を一目見て、魔女様はその目から神秘を感じた。おそらく何かしらの加護があるはずだと確信した。

 だからその目を抉って研究の材料にしたい。きっと呪いを解く材料になるはずだから。


 加護ってなぁに? 真実を見抜く目のこと? すごい心当たりがあるわぁ。


「片方でいいわ。片方でいいの。何なら宝石みたいな義眼も用意するから。見た目の損傷は最低限に、むしろ今より美しく仕上げると約束…あら!」


 そういう問題じゃない。それこそ魔女様の目の方が宝石みたいね。ギンギラギンに輝いてるわ。

 そして何に気づいたのかしら。ひらめいたって顔しないで欲しい。


「あなた顔に傷があるのね! ひどい顔だわ、そうだわついでに傷を治してあげる! なんなら眉目の配置も修正して万人が美しいと褒め称える顔にもしてあげる!そうしたら嫁ぎ先に苦労しないはずよ。貴族は綺麗な顔大好きでしょう?」


 なんてこと言うんだこの魔女。誰が万人受けしない顔だ。

 そんなこと出来るのかと言いたいのに、私の目にはおばあちゃんに見えるけど、おそらく外見を若返らせている魔女様が言うと私限定で説得力がすごい。もしかして万人受けする顔にしています?


「研究に貢献してくれるなら侯爵様だっていい嫁ぎ先を紹介してくれるはずよ。子爵より上で多少視力が不自由しても問題ない家を。このまま醜い傷物令嬢として嫁ぎ遅れるよりいいんじゃないかしら。呪われた子供のお世話より貴族としてそっちの方が幸せよね!」


 私の目は真実を見抜くから、相手がそれを本心から言っているのか否かがよくわかる。魔女様の発言を聞いて「やめなさい」と制止している侯爵様の戸惑いと期待も見えている。見える。


 だから魔女様が、本心からそう言っていることもよくわかった。


 本心から、私の目を必要としている。

 本心から、私の醜い傷跡が結婚の妨げになると思っている。

 本心から、顔を整えて不自由ない家に嫁ぐことが、令嬢の幸せであると信じている。


 私にとってプラスになることばかりだと思って、善意から発言している。


 呪われた子ビオン様の傍に居ることは苦痛だろうと、本気で。

 呪われた子ビオン様が居るこの場所で!


(誰のせいでビオン様が苦しんでいると思っているのよ!)


 そりゃ一番悪いのは前侯爵だけど、とんでもない呪いを発動したのはこの魔女だ。

 ここで頭に血が上り、雇われている身であるとか相手が何をしでかすかわからない魔女であるとかそんなこと考えないで行動しそうになるから、私に貴族社会は向いていない。


「ふざけるな!」


 私が拳を握って魔女様に振りかぶる―――前に、大きな枕が魔女様の顔面に激突した。


「ビオン様?」


 怒声に驚いて振り返れば…シーツに包まって震えていたビオン様が、頭からシーツを被ったまま、寝台の上で仁王立ちしていた。寝台にある、大きな枕を一つ、その手に握ったまま。

 ビオン様の寝台に、枕は二つあった。そのうち一つが見当たらない…ので、間違いなくビオン様が魔女様に枕を投げつけた。

 あの、小動物のように誰も彼をも恐れていたビオン様が。


「キルケ、おまえ、よく、よくも、よくもそんなことが言えるな!」


 シーツを被っていてもわかる。ビオン様は肩を怒らせながら魔女様を睨み付けていた。ブルブル震える手で枕を握りしめ…はっとした。ほとほとと、シーツの合間からしずくが落ちている。興奮状態、感情が高ぶりすぎて、泣いてしまっている。

 無理もない。諸悪の根源だというのに何も悪くないビオン様をまるで気遣わない言動。お優しいビオン様も流石に怒りを覚え―――。


「メンテは醜くなんかない!」


 おっとそっちか―――!  そっちですか―――!  私ですか―――!?

 私が醜い傷物令嬢って言われたことに怒ったんですか―――!?

 あの小動物のようだったビオン様が…!?  その成長にキュンとします。


「メンテのふわふわした金髪は柔らかいし、オリーブの目も大きくてきれいだ!」


 ありがとうございます恐縮です。


「近くに居るといい匂いがするし、撫でてくれる手も、ぎゅっとしてくれるのも、こんなぼく、僕に、笑ってくれる顔が―――醜いわけがないじゃないか!!」


 ビオン様が、持っていた枕を床に叩き付ける。ばふっと大きな音を立てて枕が弾んだ。


「傷がなんだ! メンテは綺麗だ! 優しくて温かくて綺麗なんだ! 呪われた僕を受け入れ…っげほ、ぐぅっ」

「ビオン様!」


 叫んで、咳き込む。ビオン様はそもそも人と接しないので、誰かに怒鳴ったことなんかほぼない。寝台の上で膝をついたビオン様に、私は慌てて近づいてその背を撫でた。私が呪われたビオン様に躊躇なく近づいて触れたことに、周囲から驚いたような声が上がる…え、なんで?

 …あ、ビオン様が部屋を出ないから、ビオン様のお世話をする私を見る人が一切居なかったわ…!!

 咳き込みながら、近づいてきた私にしがみついたビオン様は声を震わせながら訴えた。


「呪われた僕を愛して触れてくれるのはメンテだけだ! 触れてくれたのは、抱きしめてくれたのはメンテだけだ!」

(すみませんむしろ異形に見えてないんです!!)


 もちろん愛していますがそこまで重く考えてないです!! 愛しの弟くらいには思ってます!! 不敬ですが!!


 ぜいぜいと喘鳴を繰り返すビオン様。その背中を撫でながら戦く私。

 そんな私たちに驚いた侯爵様や使用人はともかく…魔女様は。


「あのビオン様がこんなにしゃべるなんて初めて…! やっぱり貴方特別な力があるんじゃない? 血液採取させて!」

(懲りろ―――!!)

「キルケ…!」

「僕のメンテにひどいことするな!」


 侯爵様がとうとう怒鳴る。ビオン様も毛を逆立てた猫のように怒鳴り、思わずというように身を乗り出した。


(危ない!)


 寝台の縁から身を乗り出して、ぐらりと体が傾ぐ。私は咄嗟にそのお体を支えようとして、思ったより重量のあるビオン様を支えきれず一緒に寝台から落ちた。おっと!? ご成長なされましたねビオン様!! もう私一人では受け止めきれなそうです!!

 寝台から落っこちた私とビオン様。なんとか下に滑り込んで受け止めることが出来たけれど、その拍子にビオン様を包んでいたシーツがふわりと浮いた。


 こぼれ落ち艶のある黒髪。子犬みたいな黒目がちの目。小麦色の子供らしい柔肌。

 侯爵家次男らしく、仕立てられた少年服に身を包んだ完全なる美少年―――これが、私の目にしか映らないなんて、なんて世界の損失。

 おっといけない。ビオン様は呪われた姿を見られるのはお嫌いなんだった。すぐお隠しして差し上げなければ。


「…ビオン?」


 そう思ったけれど、呆然とした侯爵様のお声が響いて。


「うそ…」

「あれがビオン様?」

「信じられない、まるで…」


 続いてざわざわし出す使用人たち。

 おっと? 何が起きた?

 ビオン様に下敷きにされたまま、きょとんと顔を上げれば…私とビオン様以外の人たちが、信じられないという顔で私たちを見ていた。

 なんです?


「呪いが解けた…?」

「き、奇跡だ…!!」


 はい?


「真実の、愛の口づけだ…!」


 おっとぉ??????

 え、え、え、え、えぇえええ…?

 皆さん何をおっしゃって…?


 今、キスしてませんが!?


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