第21話 昔話*

 ***パラケル視点となります。ご注意ください*** 


 ワシはパラケル。魔導具店を経営している。錬金術師、魔導師の職業スキルを持っている独り身の爺だ。その他のスキルもあるが、特筆するものでもない。年を重ねれば経験が入るスキルばかりだ。魔導具作りを主に商いの対象としている。ホーミィー村は人口が少ないし気候も安定している。故郷でもあるし、方々渡り歩いたが住みやすい村だ。気になる案件も残していたのもある。種々考えた結果、村に居を構え、生業として魔導具店を建てた。

 

 悩みは魔導具がほとんど売れないことと刺激が少ないことだ。副業であるポーションを近くの商店に売ることで生計を立てているとしている。ポーションの販売は関わり合いの口実としているだけだ。冒険者時代とその他の蓄えで、店などやらなくても生活には全く困りはしない。ボケ防止というところだ。まあ、その他の副業も何個かあるわけで、村との関わり合いは案外深いのだ。


 この村での魔導具店としての役割とは別に裏の役があった。魔の森の魔物がこの村に襲来しないように監視することだ。定期的に主に魔の森方向に魔力を拡散し、感知を行っていた。森の中、村周辺にも魔導具を設置して、店に通報できるようにしている。寝ているときに来られるのもまずいからな。張り巡らすことで魔物が寄ってきたことを村長に通報する役割を担う。この件を村の中で知っているのは上層部だけだ。もちろん守りはワシだけではない。ワシ一人なら断る話だ。村ができたころから、この領の領主と鎮守の森の主とは不可侵の契約がある。鎮守の森の監視担当はもちろん主だ。網目を抜け出して寄ってくることはまずない。ワシの監視の方面は鎮守の森よりも魔の森よりとなる。村は今日も平和なのはよいことだ。村民が平和で呆けていないか心配は残る。


 ワシは、ホーミィー村の農家の三男坊だった。教会での初等教育を終えた後、冒険者の道を歩んだ。三男坊は農家も継ぐこともできない。幸いにもアイテムボックスの量が多かった。城郭都市ベンベルクに移り、冒険者の見習いを始めた。この時期は各パーティーの物持ちとして重宝がられた。魔力量が多いことも幸いしていた。パーティーの中には親切な魔術師がいて、魔素の扱い方やスキル、属性魔法を教わった。冒険者の魔術師達は、独自の理論を基に魔術を行使していた。教える魔術師ごとに違いがあることは非常に混乱した。少しずつ魔法を教わり、出来ることを増やしていった。


 そんな少年時代を過ぎ、見習いが取れる年齢と見合う実力がついた。魔術師の職業も冒険者ギルドに認められ、正式な冒険者として働き始めた。10年くらいか。20歳台半ばにもなるとそれなりに名が知られ始めた。それまでは、自由気ままに単独の冒険者として動いていた。何事にも縛られず、自由に動けるのは良い。冒険者パーティーやクランに目をつけられ、勧誘されることも出てきた。これらの勧誘に嫌気さし、他の領地に移動した。独り身は楽だ。国の内外で気楽な独り身の冒険者として旅をしながら巡っていった。


 40歳を過ぎたとき、里心が芽生えた。いったん故郷の様子をみてみようと思ったのだ。残していた課題も気になっていた。知り合いの冒険者と酒を飲みながら、互いに愚痴を話していた。王都に滞在しているときに、ギルドから辺境への護衛業務を斡旋された。冒険者と組んで貴族の護衛を行うこと。行先は希望通りのベンベルク。指名依頼だった。この時の護衛側の貴族がパール家であり、現在の代行だ。

 王都からベンベルクは、馬車で10日間の旅だ。当然町に宿泊できないところが存在する。当然夜営をするときも出てくるだろう。夜営は貴族付きの魔導師と組まされた。魔導師は、ダミアンというよく口が回る男だった。話の流れで、今の気になることを話してみた。故郷が気になるので、今回の斡旋を受けたこと。魔法の上達の壁があり、伸びが悪いことだ。学院に行って学びなおすのもよいのではと軽く言われた。

 夜営の男から貴族に伝わったのだろう。パール家を後ろ盾として学院へ行かないか?と当時の領主から直接誘いがあった。実は、冒険者からの情報で、故郷に様子を見にいく話は聞いていたそうだ。指名依頼はちょうど時期が重なったからお願いしたと言う。勧誘はしたかったらしい。自分が紐付になりたくないなど事前の諜報活動の結果、遠慮していたようだ。護衛の初めの頃は積極的な勧誘がなかった。よくしゃべる男にポロリと漏らしたのがいけなかった。今となっては2人での笑い話だ。


 悪い印象も持たなかったのも幸いした。もっとも、地元民の間では評判が良い貴族だ。その当主が自ら推薦状を書いてくれる。費用はパール家持ち。特別枠での入学なので、講義を受けなくても良い。貴族の子供なぞ相手にするのは勘弁だ。パール家からの研究生として成果を出してほしいだけの高待遇だ。


 自分一人では視野が狭まる。魔導を究めるなら広い視野が必要だ。広い視野を持つには、ワシにとっては一番の場所だ。そんな当主からの説得が心に染みた。貴族側にも利点があることも説明を受けた。推薦された者の実績や業績には、推薦した者の名が刻まれる。人材の発掘は貴族としての影響力が強まるのだよ、とざっくばらんに話していた。裏表がある貴族もいる中、正直に貴族側の利点も話す当主に共感を覚えた。


 研究生としては、魔力の伸びや魔術への理解が乏しいことを実感した。魔術の伸びは、系統立てた魔術への理解が必要だったのだ。自然法則への理解。物への理解。学問を究める、またとない機会となった。子供とはいえ、在籍する貴族の魔力量や先祖から受け継がれた制御方法は参考になった。良い刺激の連続だった。学院に行かせてくれたパール家に感謝の念を持ったのはこのころだ。


 研究生としての研究テーマは、魔導具の検証と解析となった。魔導具作りは100年くらい前にいったん技術が途切れている。技術の復活は王国にとって悲願だ。網羅した文献もなかった。幸いにも学院がある王都には、情報や物が集積する。情報や壊れた魔導具、本を集めることには造作ないことだった。パール家にもお願いし、ずいぶんと収集の協力をしてもらった。


 そんな魔導具研究を10年くらい続けた。もともと、一つのことに集中して取り組むのは苦にならない。魔導具と設計図の解析を地道に行ったところ、4種類の文字体系であることがわかった。文字には意味があるものと、読みがあるものに分かれることを発見した。それぞれの文字体系を辞典にまとめ、魔導具の作成方法と共に書籍とした。理論だけだと実効性が欠けるだろう。解析結果を元にした魔導具も作成し、学会に発表した。この一連の結果は、魔術・魔導師界隈に衝撃をもって受け止められたらしい。魔導具生産の復活の可能性。王国の上層部も同じだったようだ。王国からは一代男爵として叙爵された。陛下からアウレオールの姓を賜った。今でもアウレオール男爵と呼ばれるのは慣れない。パール家からは学会の発表から正式に相談役としての地位と褒章を与えられた。学院に予算が下り、参入する魔導師が増えた。魔導具開発の組織ができ、産業が起き始めた。第一人者として数々の作品を生み出したのもこの頃だ。もちろん、出資者のパール家を巻き込んでだ。

 

 一緒に名を連ねたパール家は発明の配当金で大いに潤った。貴族としての影響力も増えた。ワシを支援してくれたのだからこの位の恩恵は当然だ。王族への覚えもよく、貢献度も上がった。発明のおかげで森の監視も進み、城郭都市は栄えた。結果、ワシの実績もさらに増えた。


 さらなる重要ポストへの就任の打診を受けたころから、心が変わり始めた。今から2、3年位前の話だ。ここら辺が潮時かなと思ったのだ。階級に雁字搦めになりそうなのが怖かった。自由に生きたい。ワシは自由に研究がしたい。冒険者でも学院でも自由だった。思い返せば今はどうだ?いろんなことに追われる生活だ。村でやり残していることも気づいた。それからは早かった。方々知識を伝達し、起こしていた事業の引き継ぎを行った。学院もやめ、貴族の相談役を弟子に譲り、ホーミィー村に引っ込んだ。ワシは変わり者という印象なのか、パール家はあっさりと手を引いた。しつこく迫って他領に行ってしまっては大変と思ったのだろう。城郭都市近辺のホーミィー村にいるのであれば、いつでも連絡は取れると納得して引き下がったようだ。


 そんな生活もあった影響で自由と暇はあるが刺激が少ない。金は魔導具の開発の配当金で黙っていても商人ギルドの口座に振り込まれる。生涯の研究も少しずつながら進んでいる。独り身の生活を謳歌していた。そんな中、面白い人物と出会った。聡明な受け答えをするくらいの商人の少年が変貌したのだ。途中、丁稚にて城郭都市に行ったのを最後に行方不明となり一ヶ月。のたれ死んだか、他領へ拉致されたと思っていた。つい最近、城郭都市から村長宅へ生存の連絡がきたそうだ。出入り商人のサルタンは、今すぐに行く!と息を吹き返した。野盗は捕まってはいない。冒険者の手配が先だと周りから諌められていた。そんな話を周りのうわさとして聞いた。


 面白いと感じた人物は、その少年。風貌が一変したからだ。死線をくぐりぬけた独特な貫禄が出ていた。ワシの魔力感知からも、魔力の系統と魔力量はずいぶん変わった印象がある。冒険者なら相当な経験を積んだことだろう。冒険者ではない商人の息子に起きる現象ではない。再会したときは誰だ?と思ったくらいだ。話をしてみると、レッド少年に間違いなかった。話し方もかなり変わっていた。後で聞いてみたところ、サルタンも同じ印象を持ったという。それほど拉致の出来事は少年の心に衝撃を与えたのだ。そうサルタンと共に結論づけた。


 出入りの商人であるサルタンは、帰宅した当日に小僧への魔法の教授をワシに依頼してきた。跡取りである息子の自衛能力の無さはまずいと思ったのだろう。跡取りがこれでは商店の存亡にかかわる。本人も守りがないと不安だとの話があったらしい。少年は以前から教授をお願いしていた。ワシの気分が乗らなかったので断り続けていたのだ。少し罪悪感もあった。拉致後言い寄ってきたサルタンには、本人のやる気があれば許可すると返答しておいた。


 再会した後の小僧は明らかに魔力量が増えている。系統も変わっているように思えるので、面白い素材だとは思っていた。以前から出入りしている小僧なら相手にはちょうど良い。店番にもなるし、一つしごいてみるかと了承した。

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