巻き込まれた薬師の日常
白髭
序章
P-1 選定の黒石
「ふう……今日も外来が多かったな」
閉店後の静かな薬局で、私は白衣を脱ぎながら息をついた。
薬剤師――町の科学者とも呼ばれるこの仕事は、調剤だけでなく、患者の生活に寄り添う判断が求められる。
今日も急性の感染症が多く、訪問指導の依頼が一件残っていた。
向かったのは、独居の老人・兵流三偉さんの家だ。
田園地帯を抜け、古い門扉を開けると、薄暗い板間の奥からしわがれた声が響いた。
「入ってこい。そこだ」
部屋には石や古い本が積まれ、老人は荒い呼吸をしながらも、目だけは鋭かった。
「すぐに飲んでください。今回の感染症に特効があります」
私が薬を渡すと、老人は咳をしながら引き出しを指した。
「婆さんが大事にしていた石だ。持っていけ」
紫の布に包まれた黒い石。
刻まれた線が妙に生々しく、触れた瞬間、指先に微かな熱が走った。
――何だ、この感覚。
老人はそれ以上語らず、私は礼を言って家を後にした。此方を見透かすような力のある目が印象的だった。
数日後、新聞の訃報欄にその名を見つけた。
兵流三偉、八十七歳。老衰。
紙面を見た瞬間、あの黒い石が脈打った。
袋の中で光が漏れ、細い光線が一直線に伸びる。
「……嘘だろ」
光は一定方向を指し示している。
私は家族にメモを残し、夜の街へ出た。
光の先は、あの老人の家――だった場所。
家屋はすでに解体され、重機が放置されている。
だが光は、隣にひっそりと佇む祠を指していた。
祠に近づくほど、石の光は強くなる。
まるで呼び合っているように。
「……何が起きてるんだ」
手を伸ばした瞬間、視界が白く弾けた。
足元が消え、体が宙に投げ出される。
落ちる――!
叫ぶ暇もなく、意識が途切れた。
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