巻き込まれた薬師の日常

白髭

序章

第1話 訪問

**プロローグです。後から見ても差し支えありません。急ぐ方は3話から***


「ふう、仕事が終わった。今日の外来も急性の感染症が多かったな」


 ここは関東近郊の地方都市。定時での通常業務が終わった。今は運転の最中だ。

 店の周りは、田園風景が続く畑道。車のヘッドライトを頼りに進んでいく。

 外来の仕事は終わったが、不足分の薬剤を配達する業務が待っている。


 私は小売業兼医療系接客担当、いわゆる薬局の店員という者だ。周りからは薬剤師と呼ばれている。残念ながら勤務後の配達をまかされてしまう中間管理職。世間一般の薬局薬剤師のイメージは、給料もまあまあ貰えて、定時で帰れると思われているらしい。内情は異なることが多い。人のイメージとは怖いものだ。


 そんな内勤メインである薬局の業務として、外勤の仕事ももちろん有る。薬の配達を行うことだ。以前は独居の年配者が多かった。最近は感染症が広がっている影響も徐々に出ている。急性期の薬の配達がだんだんと多くなっている。


 今回ケースも付き合いのある医院から、独居老人に薬を配達する任務を依頼されている。急性期の感染症に加えて、このケースでは倫理上断ることはできない。薬の有り無しで生死に直結することがあるからだ。すべて、"はい"か"YES"の案件となる。ゆえに、医療業界は注意しないとブラックな環境になりやすい。


 自動車を運転すること30分。勤務先周辺は関東近郊とは言え、山は近い。薬局周りの田園風景を抜け、果樹園街道を通る。進路を北に住宅街を抜ける。次第に街灯も少なくなる。民家の少ない地域に到着した。ここは、かつて鉱石の採掘で栄えた場所。戦前から高度成長期を経て、この地域の鉱石は、建築の材料に加工され、専門の列車により都心へ運ばれていた。その当時は人通りも多く、にぎわいがあった。現在の移動手段は、鉄道からトラックへと移り変わった。人の流れも変わったことで徐々に町の活気も失っていった。思いをはせながら、この地域で旧家と言われていた老人宅に到着した。


 ギギギギギ・・・と昔ながらのいかつい門扉を広げ、敷地へ入る。玄関は、旧字体での彫り物にて名前が彫られていた。伝達事項では、チャイムは押さなくてもよい、との申し送り書を確認している。うちの事務員さんの応対も良くなってきた、と思いながら門を潜る。先方からの伝言なので、ドアも呼び鈴も鳴らさずに無遠慮に開いてしまっても構わない。このような状況は、場数を踏むと大体わかってしまうのは職業病か。


「ごめんください、アケル薬局です。薬を届けにきました」

「中に入ってこい、入って突き当たった扉の向こうにいる」

 と奥から声がかかった。年配の老人のガラガラとした声だ。


 玄関にある大天狗の置物の隣を抜け、薄暗闇の中、ギシギシと音がなる板間を歩いていく。この地域の信仰として大天狗の置物を玄関に置く習性がある。夜中に訪れたらホラー映画の領域だ。初めて夜に見たときはびっくりしたのを覚えている。残念ながら女子社員には任せられそうにない、男子の中間管理職の仕事となってしまう。 


 扉をノックして中へ入っていく。部屋の中は、鉱石やら本やら雑多なもので埋め尽くされていた。部屋の端のベッドに座っている爺さんは、姿も衣服も比較的小奇麗だ。いつもはきれいに整えているところに、病気で少し乱れてしまったと思う。老人は、息をするのがしんどそうで呼吸が荒い。


「ご苦労なことだ。すぐに届けられるとは思わなかった。助かるぞ」

 ゴホゴホ言いながら老人。当然こちらは想定内だ。対疾患の完全装備の服装にて応対していた。

「早めに飲まないと治りが遅くなりますから。すぐに飲んでくださいよ」


 そう、老人も流行の感染症となり、医師を呼んでいる。薬局へ薬を手配するからしばらく待つようにと言われていたようだ。個人情報はすでにファクシミリでもらっている。状態は報告されている。今回の配達代と薬代は、政府持ちとなるから患者さんからの金銭譲受もない。最近はこのようなケースが多く、退社後の一仕事なっていた。今回は、最近承認が降りた新薬を持参している。


「これは今罹っている****に効果がある新薬です。早めに飲めば重症化が防げるでしょう。すぐに飲むように先生から言われていますよ」

「ああ、こんな田舎まで悪いな。いつもは元気なのだが。婆さんが亡くなって、後片付けをしていたら体調が崩れてしまってな」

 いったん断りを入れてから、台所から水を汲みにいく。婆さんの話があった。こういう年配の家庭は介助者達が入ることが多い。家の出入りは慣れたものなので、家族は気にしないことが多い。

「すまんな。代金も支払わず動いてくれて」

「国からもらっていますから、気になさらず」

「でもな、こっちもそのまま返すのも気が引ける。・・・そこの引き出しに、昔から婆さんが持っていた鉱石が出て来たから、持っていけ」


 引き出しを開けると、紫色の布に包まれた黒色の鉱石が出てきた。刻んだ線が多数ある鉱石は、数個あった。


「よくわからなかったモノだが、昔から婆さんは大切にしていたものだ。周囲に散らばっている鉱石も婆さんが集めたモノだ。たくさんあるから、持っていってくれ。」


 配達に行くと、色々もらえるが多くなった。基本はお断りのスタンスをとる。その後のトラブルのもとになりやすいからだ。それでもお伝えが来るときは純粋な好意とみている。ここで断りを入れるのも、先方の気分が悪くなるためだ。見た目にも高価な石とは感じない。鉱石は初めてだなと思いつつ、とその時は何も考えなかった。お礼を言い、もらうことにした。


 薬は飲んでくださいねと最後に念を押し、老人宅から離れる。一番印象に残る内容は、最後に言ったことだ。老人からわかったとの返事を聞き、満足する。

 今日の配達が完了した旨を会社に報告し、帰宅の道を急ぐ。

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